「アリス・アインス・フォン・ロンダキア」
旅装の女神様が言った。
「…………へ?」
「旅の魔法使いさね」
その言葉で、女神様が口にしたのが名前――自己紹介なのだと分かった。
「お前さんの名は?」
「……く、クリス」
「あはは、リス繋がりだねぇ!」
何が面白いのか、女神様が笑う。
アリス――それは、この国でもっともありふれた名前、先王様と同じ名前だ。
正確には、先王様のお名前は『アリソン』。『アリス』は『アリソン』の辺境訛り。実際この土地じゃ、『アリソン』を名乗る女性と『アリス』を名乗る女性が半々くらい……だと思う、たぶん。
――い、いや、そんなことよりも!!
「え、え、え、ふぉ、フォンって……」
何てことだろう、家名持ち――貴族様だ!
慌てて平伏しようとすると、
「あーあー、かしこまらなくていい。儂ゃ貴族じゃないよ、ただの使いっ走りさね」
「…………?」
「じゃ、行くよ」
「え? 行くってどこへ――」
「修行の日々へ、さね」
「へ?」
「言ったろう? 弟子になれ、と」
■ ◆ ■ ◆
高級宿の一室を与えられた。
三食昼寝つきで、1日につき小銀貨1枚のお小遣いまでついてくる。
小銀貨1枚――10ルキ(※)――あれば、ひとりじゃ食べきれないくらいのパンやお肉、野菜が買える。ちょっと高級な料亭で食べることだってできる。
Fランク冒険者の日給にしたら上等なくらいだ。
――ただし、お師匠様へは絶対服従。
これは、そういう【契約】だった。
正直、戸惑った。
見ず知らずの女性の弟子になり、衣食住をつかまれて大丈夫かな、って。
何か『危ない』仕事を手伝わされるんじゃないか、って。
けれど、背に腹は代えられないし……何よりお師匠様は僕の命の恩人。
一度失くした命だと思えば、この人に預けてみるのも悪くない。
「馬子にも衣裳、さねぇ」
そうして、いま。
僕は高級宿の一室で、大きな姿見の前に立っている。
鏡には、ぴっかぴかな冒険者衣装に身を包んだ僕の姿が映っている。
何もかもが初めての経験だった。
びっくりするほど高級な宿、魔石で温度調節が自在なお風呂、ふっかふかのベッド。
昨日まで、ボロを着てカビ臭い部屋の床で寝ていたのがウソのよう!
「サイズはどうさね?」
「あ、はい! ぴったりです!」
どれもお師匠様がこの街一番の防具屋で買ってくれたもので、採寸もしていないのにサイズはぴったり。
お師匠様の魔法か何かだろうと思う。
着心地のいい絹のシャツ、いかにも丈夫そうな革のズボン、おり目の細かい鎖帷子に、びっくりするほど軽い革鎧、そして春夏秋用の外套。
こんなに上等な装備を買ってもらってしまって、本当に申し訳ない……。
装備とは反対に、鏡に映る僕の姿は貧相そのものだ。
金髪碧眼。
顔はまぁ……悪くはないと思う。けれど、自信のなさがにじみ出ていて、我ながら情けない表情だ。
背丈は同年代の男の子に比べてやや低く、腕も足もやせ細っている……ロクなものを食べていないから。
僕は人族と魔族の混血らしいんだけど、人族の血が強いのか、魔族の証であるツノがないんだよね。
ここは辺境――人族の国であるアルフレド科学王国と国境を接している土地だから、僕みたいなツノなしの混血が多いんだ。
ツノを持たないことにコンプレックスはないのだけれど、この貧相な体は好きじゃない。
逆に、隣に立つお師匠様はとてもたくましくて美しい。
背丈は僕と同じくらい。
年齢は……とても若いようにも見えるんだけど、喋り方がものすごくお婆さんっぽいんだよね。
僕と同じ金髪碧眼で、大きな瞳はすっごく綺麗。
『旅の魔法使い』と自称するからには旅をしているんだろうけれど、腰まであるウェーブがかった髪はツヤツヤだ。
絶世の美女。そう言っていいと思う。
ツノはなく、耳も長くなく、獣のような耳もない。魔族でもエルフ族でも獣族でもなさそうだし、背丈か顔かたち的にドワーフ族でもないだろう……人族だと思う。
服装と言えば、いかにも魔法使い然としたローブで全身をすっぽり包み込んでいて、いかにも頑丈そうな外套を着込んでいた。
さらに、さきほどまでは大きなとんがり帽子と背丈ほどもある杖を身に着けていた。
「何だい、さっきからジロジロと儂を見て」
「い、いえ! 何でもありません!」
「そうかい。じゃあ軽装にお着替え直しな。着替えたら行くよ」
「え、どこに?」
お師匠様がにやりと笑う。
「メシ、さね」
■ ◆ ■ ◆
――――――――美味しかった!!!!!!!!!!
本当に本当に、生きててよかったと心の底から実感した。
僕があんまりにもたくさん食べるものだから、お師匠様が『こっちも食いな』といってお師匠様の分までくれた。
僕は高級宿の美味しすぎる料理をお腹いっぱい食べて、ふかふかのベッドで泥のように眠った。
そして、翌朝。
僕は長年の習慣通り日の出とともに飛び起き、顔を洗い、装備を着込む。
着込んだと同時に部屋のドアがノックされた。
「準備はできたかい?」
お師匠様の声。
「はい!」
ドアを開くと、旅装のお師匠様が杖を片手に立っていた。
外套を着込んだその姿は、まさに旅慣れた魔法使いといった様子。
「行くよ」
「どこへですか?」
「冒険者ギルド、さね」
※10ルキ……『ルキ』はここ、ルキフェル王国(魔王国)における通貨単位。ルキフェル王国の辺境と現代日本では生活様式も物の価値もまったく異なるが、あえて換算すれば、10ルキ = 1,000円となる。Fランク冒険者にとっては1日の稼ぎが1,000円でも上等な方ということになる。
旅装の女神様が言った。
「…………へ?」
「旅の魔法使いさね」
その言葉で、女神様が口にしたのが名前――自己紹介なのだと分かった。
「お前さんの名は?」
「……く、クリス」
「あはは、リス繋がりだねぇ!」
何が面白いのか、女神様が笑う。
アリス――それは、この国でもっともありふれた名前、先王様と同じ名前だ。
正確には、先王様のお名前は『アリソン』。『アリス』は『アリソン』の辺境訛り。実際この土地じゃ、『アリソン』を名乗る女性と『アリス』を名乗る女性が半々くらい……だと思う、たぶん。
――い、いや、そんなことよりも!!
「え、え、え、ふぉ、フォンって……」
何てことだろう、家名持ち――貴族様だ!
慌てて平伏しようとすると、
「あーあー、かしこまらなくていい。儂ゃ貴族じゃないよ、ただの使いっ走りさね」
「…………?」
「じゃ、行くよ」
「え? 行くってどこへ――」
「修行の日々へ、さね」
「へ?」
「言ったろう? 弟子になれ、と」
■ ◆ ■ ◆
高級宿の一室を与えられた。
三食昼寝つきで、1日につき小銀貨1枚のお小遣いまでついてくる。
小銀貨1枚――10ルキ(※)――あれば、ひとりじゃ食べきれないくらいのパンやお肉、野菜が買える。ちょっと高級な料亭で食べることだってできる。
Fランク冒険者の日給にしたら上等なくらいだ。
――ただし、お師匠様へは絶対服従。
これは、そういう【契約】だった。
正直、戸惑った。
見ず知らずの女性の弟子になり、衣食住をつかまれて大丈夫かな、って。
何か『危ない』仕事を手伝わされるんじゃないか、って。
けれど、背に腹は代えられないし……何よりお師匠様は僕の命の恩人。
一度失くした命だと思えば、この人に預けてみるのも悪くない。
「馬子にも衣裳、さねぇ」
そうして、いま。
僕は高級宿の一室で、大きな姿見の前に立っている。
鏡には、ぴっかぴかな冒険者衣装に身を包んだ僕の姿が映っている。
何もかもが初めての経験だった。
びっくりするほど高級な宿、魔石で温度調節が自在なお風呂、ふっかふかのベッド。
昨日まで、ボロを着てカビ臭い部屋の床で寝ていたのがウソのよう!
「サイズはどうさね?」
「あ、はい! ぴったりです!」
どれもお師匠様がこの街一番の防具屋で買ってくれたもので、採寸もしていないのにサイズはぴったり。
お師匠様の魔法か何かだろうと思う。
着心地のいい絹のシャツ、いかにも丈夫そうな革のズボン、おり目の細かい鎖帷子に、びっくりするほど軽い革鎧、そして春夏秋用の外套。
こんなに上等な装備を買ってもらってしまって、本当に申し訳ない……。
装備とは反対に、鏡に映る僕の姿は貧相そのものだ。
金髪碧眼。
顔はまぁ……悪くはないと思う。けれど、自信のなさがにじみ出ていて、我ながら情けない表情だ。
背丈は同年代の男の子に比べてやや低く、腕も足もやせ細っている……ロクなものを食べていないから。
僕は人族と魔族の混血らしいんだけど、人族の血が強いのか、魔族の証であるツノがないんだよね。
ここは辺境――人族の国であるアルフレド科学王国と国境を接している土地だから、僕みたいなツノなしの混血が多いんだ。
ツノを持たないことにコンプレックスはないのだけれど、この貧相な体は好きじゃない。
逆に、隣に立つお師匠様はとてもたくましくて美しい。
背丈は僕と同じくらい。
年齢は……とても若いようにも見えるんだけど、喋り方がものすごくお婆さんっぽいんだよね。
僕と同じ金髪碧眼で、大きな瞳はすっごく綺麗。
『旅の魔法使い』と自称するからには旅をしているんだろうけれど、腰まであるウェーブがかった髪はツヤツヤだ。
絶世の美女。そう言っていいと思う。
ツノはなく、耳も長くなく、獣のような耳もない。魔族でもエルフ族でも獣族でもなさそうだし、背丈か顔かたち的にドワーフ族でもないだろう……人族だと思う。
服装と言えば、いかにも魔法使い然としたローブで全身をすっぽり包み込んでいて、いかにも頑丈そうな外套を着込んでいた。
さらに、さきほどまでは大きなとんがり帽子と背丈ほどもある杖を身に着けていた。
「何だい、さっきからジロジロと儂を見て」
「い、いえ! 何でもありません!」
「そうかい。じゃあ軽装にお着替え直しな。着替えたら行くよ」
「え、どこに?」
お師匠様がにやりと笑う。
「メシ、さね」
■ ◆ ■ ◆
――――――――美味しかった!!!!!!!!!!
本当に本当に、生きててよかったと心の底から実感した。
僕があんまりにもたくさん食べるものだから、お師匠様が『こっちも食いな』といってお師匠様の分までくれた。
僕は高級宿の美味しすぎる料理をお腹いっぱい食べて、ふかふかのベッドで泥のように眠った。
そして、翌朝。
僕は長年の習慣通り日の出とともに飛び起き、顔を洗い、装備を着込む。
着込んだと同時に部屋のドアがノックされた。
「準備はできたかい?」
お師匠様の声。
「はい!」
ドアを開くと、旅装のお師匠様が杖を片手に立っていた。
外套を着込んだその姿は、まさに旅慣れた魔法使いといった様子。
「行くよ」
「どこへですか?」
「冒険者ギルド、さね」
※10ルキ……『ルキ』はここ、ルキフェル王国(魔王国)における通貨単位。ルキフェル王国の辺境と現代日本では生活様式も物の価値もまったく異なるが、あえて換算すれば、10ルキ = 1,000円となる。Fランク冒険者にとっては1日の稼ぎが1,000円でも上等な方ということになる。