薪。
 夏が終わりに差しかかるこの頃、大量の木炭を用意する為に、薪の需要が高まってくる。
 それに冒険家業が盛んなこの街では、武器や防具を作る為の鉄が必須。
 薪の伐採依頼は一年中見かける。

 というわけで、僕とお師匠様はお馴染み西の森へとやって来た。

「今日は、儂の【万物解析(アナライズ)】に頼らず、自分の目で見て【収納】する練習をしよう」

「はい!」

「ではまず、この木をまるっと【収納】しな」

 森の入り口に立っている木の幹を、お師匠様がぺちぺち叩く。

「はい! ちょっと離れてて下さいね――【収納(アイテム)空間(・ボックス)】!」

 わずかな切り株を残し、木が消える。

「いい子だ。じゃあ次にその木を横たわらせな」

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 僕とお師匠様の目の前に、木が横倒しの状態で現れる。

「枝は手折ってしまえ」

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 枝と葉を収納すると、後には長々とした丸太が残る。

「続いてそれを、薪の形にしていく」

「【収納(アイテム)――んんんっ、空間(・ボックス)】!」

 いきなり八等分とかにしてみたかったのだけれど、できる未来像(ビジョン)が思い浮かばなかったので、とりあえず数十センチほどを幹の根元から切り取った。

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 輪切りにした数十センチ分の切り株を目の前に出現させる。

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】、【収納(アイテム)空間(・ボックス)】、【収納(アイテム)空間(・ボックス)】、【収納(アイテム)空間(・ボックス)】……」

 切り株の半分を【収納】で真っ二つにしてからまた取り出し、そのまた半分を【収納】し……といった具合で薪を作っていく。

「ふぅ……お師匠様、できました」

「ふぅむ、時間がかかるしまどろっこしかったが……」

 地面に転がる薪の、ささくれひとつないつるりとした断面を見て、

「ま、初めてにしちゃ及第点さね。さぁ、次だ」

「はい」

「お次はこの状態を、1回の【収納】で実現しな」

「……え?」

 ええと、丸太から切り株を切り出し、それを8等分にする。
 つまり8回か9回の【収納】による切断が必要なわけだけれど。

「そんなこと、できるんですか……?」

「同時に複数の【収納(アイテム)空間(・ボックス)】を使えばよい。【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】なら可能さね」

 ……できるのか。
 お師匠様が言うなら信じよう。

「そもそも、ドブさらいのときだってウサギのツノのときだって、そうだったろう?」

 ――言われてみれば。

「で、では……」

 目の前の丸太を凝視して、その切断面をイメージする。

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】!」

 丸太から数十センチ分が消える。

「【目録(カタログ)】」

 果たして――


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 未乾燥の薪 × 8
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「で、できましたお師匠様!」

「よしよし。見せてみな」

「はい――【収納(アイテム)空間(・ボックス)】!」

 地面に、綺麗に8等分された薪が現れる。
 お師匠様が満足そうにうなずき、

「合格さね。やはりお前さんは筋がいい」

 お、お師匠様に褒められた……ッ!!

「さらにレベルを上げるよ。今度は、残りの丸太を全部一度で薪にしちまいな」

「はい! んんんっ……【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】!」


   ■ ◆ ■ ◆


 そんなふうにして、何十本もの木を薪にした。
 空の太陽はそろそろ頂点に達しようとしているところだけれど、たったの数時間で数十本分の薪を作れるとか、僕はこのまま木こりとして十分に生きていけると思う。

「さて、薪はこのままじゃ上手くは燃えない……言いたいことがわかるさね?」

「乾かさないとってことですよね?」

左様(ヤー)

「でも僕、炎魔法とか使えませんけど」

「【収納】すりゃいい」

「え?」

「薪から、水分を」

「――あぁ! 【目録(カタログ)】!」


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 未乾燥の薪 × 2,120
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『未乾燥の薪』を長押ししてみるも、右隣に表示されるのは『未乾燥の薪』と『汚れ』のみ。試しに細分表示された方の『未乾燥の薪』を長押ししても同じ。

「ふぅむ……やはり薪の外側は認識できても、内側は無理ってことかね」

「のようですね……」

「よし、じゃあ儂のとっておきの魔法でサポートしてやろう」

 このお師匠様をして『とっておき』と言わせるとは、いったいぜんたいどんな魔法が出て来るのやら……

「――【念話(テレパシー)】」

 お師匠様が、遠距離でも念じれば会話の出来る、便利な上級魔法を使った。

『聴こえているさね?』

 お師匠様がこちらを見る。口は開いていない。

「はい! ――あ、じゃなかった」

 僕は口を閉じ、うんうん念じてから、

『こ、こう……ですか? 聴こえていますか、お師匠様?』

『うんうん、感度良好さね――ちなみに』

 お師匠様がニヤリと微笑む。

『儂の【念話(テレパシー)】はほとんど聖級の域に達した級品でね。お前さんがつらづら考えていることもぜ~んぶ筒抜けになっちまっているから、あんまり恥ずかしいことは考えるんじゃないよ?』

 ――え、それはマズい。
 僕がいつもこっそりお師匠様の胸とかお尻を見ているのがバレてしまう。

『えぇぇ……お前さん、儂のことをそんな目て見てたのかい? 儂ゃ年下は趣味じゃあないんだが』

 あ、やっぱりお師匠様って年上だったんですね。
 顔は十代半ばってくらいにお若いですけれど……喋り方が、なんというか。
 本当、何歳なんだろう……?

『レディの年齢を(さぐ)ろうなんざ失礼極まるさね』

『す、すみません……』

「さて、【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】――これで、もう一度【目録(カタログ)】を見てみな」

「はい」

 果たして『未乾燥の薪』を長押ししてみると、

「――あっ」

 右隣に、『薪』『汚れ』『水分』と表示された!

「いま、お前さんの【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】は儂の【万物解析(アナライズ)】と連結(リンク)しているのさ」

 ……なんと便利な。

「さ、じゃあ『薪』だけ取り出しちまいな」

「はい!」

 細分表示された『薪』をタッチする。
 果たして目の前に、からっからに乾き切った薪の山が現出した。