翌朝。

 カランカランカラン……

 師匠とともに冒険者ギルド会館の扉を開いたとき、違和感を感じた。
 みんなの、僕に対する目が、なんだか変わったように感じるんだ。
 いままではこう、あざけりとか冷笑、みたいな感じだったんだけど、対等にみられていると言うか、敬意が含まれているというか……。
 少なくとも、いままでのようにゴミを見るような目ではなくなったのは、確かだ。

「……お師匠様、ありがとうございます」

 掲示板に向かって歩きながら、隣を歩くお師匠様へつぶやく。
 もはや、足を引っかけてくるような奴なんてひとりもいない。

「あん? 何か言ったかい?」

「いいえ、何も!」

「ふぅん……で、今日は何にするかねぇ。ぼちぼち本格的に魔物討伐といきたいところだが、体力のない(まな)弟子のことだ。もぅちっと遠隔【収納】に慣れさせてからじゃないと、あっさり死んじまいかねないさね」

「あ、あはは……」

 まったくもって否定できない。というか、魔物討伐任務なんて一生やりたくない。
 お師匠様は掲示板にところ狭しと張り付けられた依頼書の数々を物色していたけれど、やがて一枚の依頼書をはがして、

「んじゃあこのへんの――」

「よう、クリス」

 いきなり、声をかけられた。
 声の方を見てみれば、

「べ、ベランジェさん……」

 筋骨隆々の偉丈夫。Cランクのベテラン冒険者で、Cランクパーティーリーダーの、前衛職ベランジェさんだ。
 約一年前、雑用係として気まぐれに雇ってもらえて、僕のあまりの使えなさに、いろいろと()()()()()下さった大先輩だ。

「最近、いい調子らしいじゃないか」

 ベランジェさんが掲示板に貼りつけられた依頼書の一枚を指で叩く。

「光ゴケの採取依頼。共同受注でどうだ? 成果報酬は半々でいいぜ」

「え、あ、その……」

「何だよ、不満だってのか……?」

「いえ、その……」

 全身から汗が噴き出る。ノドの奥はからっからだ。
 いたぶられた日々の思い出がよみがえって来て、上手く喋れな――





「割りに合わんさね」





 お師匠様の、凛とした声が耳に滑り込んできた。

「ああんっ!?」

 ベランジェさんの恫喝を、

「割に合わない、と言ったさね」

 お師匠様が堂々と迎え撃つ。

「まず、お前さんと、その後ろにいるパーティーメンバーの中に、聖級と思しき魔法使いはいないさね。となると光ゴケの発見は聖級魔法使いたる儂の魔法頼み。さらには採集はクリスの【収納(アイテム)空間(・ボックス)】頼みときている」

 お師匠様がベランジェさんに向かって、ひどく挑戦的な笑みを見せる。

「つまり、光ゴケの採取そのものは儂とクリスだけで(こと)足りる」

「――――……」

 不機嫌そうな顔のベランジェさん。

「その上で――くっくっくっ、まぁ魔物がいるかもしれない場所に赴くにあたっての護衛代として? 多少なり支払うのはやぶさかではないが……せいぜい、9:1ってとこさね」

「この(アマ)、黙ってりゃ調子に乗りやがって――」

 逆上するベランジェさんと、

「【万物解析(アナライズ)】――【念話(テレパシー)】。切断すべきこいつの右腕の座標は、今送った通りさね」

 凍えるほどに冷たい、お師匠様の声。

「――――……」

 お師匠様の言葉ははったりだ。
 僕に対して、ベランジェさんの革鎧やら何やらで守られた腕を切断できるような情報は、何ひとつ送り込まれて来てはいない。
 ……が、

「……くっ、覚えてろよッ!!」

 他ならぬベランジェさんが、信じた。

「――――……」

 僕は、暴力沙汰のひとつもなく立ち去っていくベランジェさんたちパーティーを呆然と見送る。

()()()()()()

 お師匠様に尻を叩かれた。

「お前さんはもう、おどおどしなくてもいいんだ。Eランク冒険者として、他人に誇れる実力を持っているんだよ。背筋を伸ばしな」

「は、はい……」

 言われつつも、僕の力は、あくまでお師匠様()りきだと言うことは忘れてはならない、と思う。
 この、お師匠様に借りた(かり)()めの力を自分の実力だと勘違いし、いい気になってしまったら……それこそ、僕を虐げてきた冒険者たちと何も変わらないことになってしまうのだから……。

「さて、じゃあ受付に並ぼう」

 ――と、そんな感傷に浸っている僕を置いてけ堀して、お師匠様がさっさと話を進めていく。

「あ、ちょっと待ってください! どんな依頼ですか?」

 お師匠様が、掲示板から剥がしたばかりの依頼書を見せながら笑う。

「薪、さね」