「えええっ!? 治癒(ヒール・)一角兎(ホーンラビット)のツノを349本んんんんんッ!?」

 冒険者ギルドの受付にて。

「はい。――【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 絶叫する受付嬢さんの目の前に、取り合えず受付台に乗るだけいっぱいツノを並べる。

「なっ、なっ、なっ……」

 受付嬢さんは、ずらりと並ぶ数十本のツノを前に目を白黒させていたけれど、やがて盛大にため息を吐いて、

「……ギルドマスターからは聞いています。昨日のドブさらい、本当だったんだって……昨日は疑ってしまい、申し訳ございませんでした」

「い、いえ……僕も説明の仕方が悪かったですから」

「そんなクリスさんですものね……おおかたドブさらいのときと同じように、アリス様の索敵魔法とクリスさんの加護(エクストラ・スキル)でやったんでしょう」

「あ、あはは……ご名答です」

 そのとき隣の受付から、

「えええっ!? ツノなし一角兎(ホーンラビット)の肉を300匹分んんんんんんっ!?」

 別の受付嬢が絶叫した。
 見ればエンゾたちが、僕が提供した肉を常時依頼の食用肉として納品しているところだった。

「んんん? 349本のツノ……300匹分のツノなし兎肉……」

 目の前の受付嬢さんが首を傾げ、

貴方(あなた)方、仲直りなさったんですか?」

「ええ、まぁ……」

 昨日、他ならぬ自分が対立を(あお)っておいてよく言う……とは思うけれど、ここは荒くれ者の集まる冒険者ギルド。
 他人に対してこのくらいドライでなければやっていけない世界なんだ。
 実際、目の前にいるこの美人な受付嬢さんも、僕に同情こそしてくれていたみたいだけれど、具体的に助けてくれたことは一度もなかった。
 誰も彼もが勝手に生きて、勝手に死ぬ。
 今日、魔物討伐依頼に出発した冒険者パーティーが、いつまで経っても帰ってこない……そして誰もそのことを気にも留めない。
 冒険者家業というのは、そういう商売なんだ。

「それよりも」

 後ろで黙っていたお師匠様が、口を挟んできた。

「ツノはちゃ~んと適正価格で買い取ってもらえるんだろうね? 量が多いから負けてくれ、なんてのは通用しないよ?」

「は、はい! もちろんです。回復ポーションの原料は、いくらあったって困りはしないんですから! きっと錬金ギルドと商人ギルドが小躍りすることでしょう。
 ――しばし、お待ちください。」


   ■ ◆ ■ ◆


「こちら、ツノの買取金、大銀貨34枚と小銀貨9枚です」

「お、おぉぉぉ……3,490ルキ(※)……ッ!!」

 き、聞いたこともない金額。見たこともない大金。
 差し出されたのは、銀貨でぱんっぱんに膨らんだ革袋。
 受け取る手が、震える。

「ふふっ。それとこちら、Eランクの冒険者カードです。昇格、おめでとうございます」

 受付嬢さんが微笑む。

「……へ?」

「へ? じゃありませんよ。ヒール・ホーンラビットの討伐に成功したんでしょう?」

「――――あっ!」

「ギルドマスターからお話は伺っております。順調な滑り出しのようで何よりです」

 ――かくして僕は、底辺のFランク冒険者から、『駆け出し』のEランク冒険者になった。


   ■ ◆ ■ ◆


「ふぉぉぉおおおおおッ!? 本当に3,490ルキある!」

 ギルドホールの片隅のテーブルで、僕はお師匠様と一緒になって報酬を数える。
 ギルドを疑うわけじゃないけれど、のちのち揉めない為にも報酬の中身はすぐに検めるのが冒険者の流儀だ。

「それでお師匠様……このお金、どうしましょう?」

「どうしましょう、とはどういう意味だい?」

「いえ……あれだけツノが集められたのは、何もかもお師匠様のご指導と魔法があればこそなので……」

「所有権を主張しないのかい? そりゃ確かに儂の指導や【万物解析(アナライズ)】のおかげではあるだろうが、直接ツノを集めたのはお前さんだ」

「ここで変に欲を出して、お師匠様様に嫌われでもしたら大変ですし……」

「あははっ、(さか)しい子だねぇ。ま、謙虚な子は嫌いじゃない。じゃあここは、平等に山分けといこうじゃないか」

「えっ、半分ももらっていいんですか!?」

無論(ヤー)。ただし儂は今後もお前さんとパーティーを組み、様々な高価素材採集任務で稼がせてもらうつもりだから、頼むよ?」

「それはもう! その代わりじゃないですけれど、毎晩の……特訓は……できれば……しんどいからお願いしたくないですけど、でも魔力は上げたいので、よろしくお願いいたします」

「あはは、素直な子も嫌いじゃあない」


   ■ ◆ ■ ◆


「あの……お師匠様、僕、ちょっと寄るところがありますので」

 ギルド会館を出てすぐ、僕は言う。
 僕らが寝泊まりしている高級宿は『内壁』の中にあり、これから僕が行こうと思っている先は『内壁』の外にあるからだ。

「うん? あぁ、そうかい。『魔力養殖』の時間までには戻るんだよ?」

「はい!」

 行き先は、ひとつ。
 お金が手に入ったら真っ先に行こうと思っていた場所――猫々(マオマオ)亭だ。


   ■ ◆ ■ ◆


「…………クリス」

 店に入ると、給仕服姿のシャーロッテが顔を曇らせた。
 シャーロッテはいつ見ても可愛い。
 昔は元気いっぱいで笑顔が素敵な女の子だったのだけれど、ここ最近は、僕に向ける表情が暗い。
 ……そりゃそうだ。僕はかれこれ500日間近くツケ続けてきたタダ飯食らいなのだから。

「……もう、来ないでって、……言ったでしょ?」

「違うんだ! 【収納(アイテム)空間(・ボックス)】――ほら!」

 革袋を取り出す。中には1,000ルキ入ってる。
 ここでシャーロッテが出してくれていたまかない飯――主にはクズ肉とクズ野菜とコメを炒めたもの――は、1食1ルキってことで提供してもらっていた。
 その代金に加え、さんざん滞納してきたお詫びということで、倍額の1,000ルキ支払うことにしたんだ。

「――え、えぇぇえええ!?」

 袋の中身を確認したシャーロッテの顔が、ぱっと(はな)やぐ。

「クリス!? あなた、これ!」

「貴重な素材の収集に成功して、お金が入ったから」

 僕は深々と頭を下げる。

「いままで、本当に申し訳ありませんでした! ありがとうございました!」

 思わず涙がにじんできた。
 本当に、シャーロッテとここの店長さんがいなければ、僕は早々に飢え死にしていた。
 情けない顔を見られたくなくって、(きびす)を返して店を出た。

「――クリス!」

 後ろからシャーロッテが声をかけてくれたけど、振り返らなかった。



(※)3,490ルキ……日本円にして34万9000円。この世界の生活水準で言えば、慎ましやかな生活ならば向こう1年間は暮らせる金額である。