――数十年後――
――旧アルフレド王国、現ロンダキア王国・王都――
■ ◆ ■ ◆
「大変です、陛下!」
寝起きの私の寝室に、オーギュスが転がり込んできた。
「何だ、朝っぱらから」
「魔法神アリス信者たちが、今朝、夢で託宣を受けたとの報が全国から上がっておりまして!」
魔法神アリスと言えば、東王国で言うところの魔法神アリソン。
東王国の先王であり、お師匠様――アリス・アインスの生みの親でもある。
「ふぅむ……? で、託宣とやらの内容は?」
「そ、それが……報によって若干の表現の揺れはありますが、概ね次の通りです。『今日から魔法神がアリスからエリスに代わるから、よろしくね』」
「はぁ?」
「そして実際、魔法神の信徒のステータス【称号】が、『魔法神アリスの信徒』から『魔法神エリスの信徒』に変わった。との報告も併せてございます」
「【称号】は偽れんからなぁ。お前の【称号】も、相変わらず私の奴隷のままであるし」
「陛下……こうやって数十年、献身的に仕えて参ったのです。そろそろ奴隷の身分から解放して頂けませんか……?」
「ふぅん? そうして今度は、王都の川に糞を放り込むつもりかな? それはそうと、東王国の方はどうなっている? 主神が変わったのだ。何か知らせはないのか?」
「それが、どのホットラインに繋げても『いまはそれどころじゃないから後で』といった具合で」
「【無制限収納空間】」
私は東王国全土を『世界』で覆いつくし、【目録】で中身を確認する。
『世界』はすぐに解除する。なにしろ『世界』の内側は時が止まってしまうから。
「見たところ陛下も四天王もお変わりないようだった。引き続き情報収集に当たれ」
「御意!」
■ ◆ ■ ◆
昼下がりのお茶の時間。
ノティア、シャーロッテ以下妻たちと一緒に中庭でお茶を飲んでいたそのときに。
「君が『クリス君』かな?」
そいつは、急に現れた。
目深にフードを被った人間。
何の前触れも先触れもなく、厳重な警備の敷かれている中庭に、突如として。
この空間は【瞬間移動】が封じられているはずなのに!
「【無制限収納空間】ッ!!」
咄嗟にそいつを【収納】しようとして、
――バチンッ!!
なんてこと……抵抗された!
神技にも等しいスキルレベル10の【無制限収納空間】が、だぞ!?
「悪いね、クリス君。こちとら元・神サマなんだよ」
そいつがフードを外す。
出てきたのは、金髪碧眼の、見まごうはずもない、この数十年間、結局忘れることのできなかった顔――…
「お師匠様ッ!?」
「の、マスターだよ。どうも初めまして。アリス・アリソン・フォン・ロンダキア・ルキフェル14世です」
お師匠様――いや、先王アリソンがフードとローブを【収納】すると、その下からは優美なドレス姿が現れて、
「この度、もっかい魔王になることが決まってね。隣の国の王様に、こうして挨拶に来たってわけだよ」
完璧な姿勢で、カーテシーの礼を取った。
■ ◆ ■ ◆
アリス様――もとい、ルキフェル国王陛下のお話は、それはもう荒唐無稽なものだった。
「んで魔法神マギノスぬっ殺したらさ、ゼニス様が『アリスちゃんが魔法神やりなさい! でないと世界が滅びます!』とか言うんだもの。で、いざ神様になったら自我も記憶も全部ぜぇ~んぶぶっとんじゃって。あ、お茶のお替りもらっていい? 悪いね、お妃さまに給仕なんてさせちゃって」
「い、いえ……わたくしはその、昔から料理が好きでして」
シャーロッテが恐縮しきりって感じでペコペコしてる。
「へぇ? もしかしてこの焼き菓子も?」
「あ、はい! わたくしが」
「うめぇじゃん!」
「あ、ありがとうございます……」
「んで、気がついたら数千年よ、数千年。愛娘のエリスが私をぶっ殺してくれなきゃ、もっともっと経ってただろうね。
……ここに来る前に、色々聞いたよ。悪かったね、キミにもいろいろつらい思いをさせてしまった。アルフレド王国があんなんになっちゃったのも、ルキフェル王国が荒廃したのも、元を正せば私の所為だ」
「そ、そんなことは――…」
数十年前、まだ【無制限収納空間】の使い方を知らなかった、お師匠様に会う前のあのころ……100パーティー目から追放されて、『アリソン様さえいなかったなら』って思ってしまったことを思い出す。
「ああ~……なるほど。【収納空間】使いからすりゃ、そうだよねぇ。自分の唯一の強味たる【収納空間】がゴミスキル扱いされるのは、ツライだろうと思うよ」
――え? あれ? いま私、口に出してた?
「んぉ? あーごめんごめん、神歴長かったからさ私、無意識に読んじゃうわけ。悪気はないんだけど……ごめんね」
読むって……あぁ、心を。
ま、まぁ……神様だからなぁ。
にしても、そんな神であるアリス陛下を殺すとか、エリス様というのも本当にバケモノだな。
「そうそう、エリスってば大きくなっちゃっててさぁ! まぁそりゃ数千年も経てば大きくもなるか。あ、エリスは私からカンストMPを受け継いでるから、寿命もカンストしてるんだよ。にしても生まれてずっとレベリングに明け暮れるとか頭おかしいわあの子。さすがは私の娘だね。レベリングスキーは遺伝する!!」
「は、はぁ……」
ひとり娘のエリス様がアリス陛下を殺害して魔法神の縛りから解放させたのちに蘇らせ、自らが魔法神になったという話で、つまりエリス様は人間としては死んでしまったわけなんだけれど、アリス陛下に悲しむ様子はない。
「ん? あぁ、エリスのことなら気にするほどのことではないよ」
またも私の心を読んだらしい陛下が、手をひらひらさせながら仰る。
「私もこれから数千年くらいこっちで暴れ回ったら、がっつり修行し直してエリスぶっ殺して魔法神の座を取り戻すつもりだからね。エリスと私で数千年おきくらいに魔法神を担当するのもいいかも」
…………ぶっ飛んでる、と思った。
大陸全土を【収納】可能な私も大概に人外だが、陛下は能力も発想も何もかもがぶっ飛んでいる。
「にしても、クリス王国、とかにしなかったんだね」
今度は話題が、この国の名前のことになった。
「それは、まぁ」
『アルフレド』の名は消し去ってもいいと思ったが、お師匠様の名である『ロンダキア』は消したくなかった。
「ロンダキア、には思い入れがありますから」
「なるほど。アインスちゃん、愛されてたんだねぇ」
アリス陛下がニンマリと微笑み、
「というわけで、真打登場!!」
パンっと手を叩く。
すると私のそばに、ひとりの女性が現れた。
金髪碧眼。
着慣れた感じの旅装に身を包み、実は着痩せするタイプだった女性。
大きな三角帽子を、恥じ入るように目深にかぶっている。
「アリス・アインスちゃんだ!! 一度は私の中に統合されたけど、この通り、分離可能ってわけだよ」
「あ、あ~。その、久しぶりさね……バカ弟子」
お師匠様が、お師匠様が喋った。
その声はアリス陛下とまったく同じもののはずなのに、信じられないほど懐かしくて。
年甲斐もなく、泣いてしまった。
■ ◆ ■ ◆
「ってことでアインスちゃん、命令だよ。クリス君の寿命が尽きるまで、お話し相手になってあげなさい。もし気が変わって人間の体が欲しくなったらいつでも言ってね」
アリス陛下が、これまたとんでもないことをさらりと言う。
「御意」
お師匠様が、陛下に対して恭しく礼をする。
その姿からは、陛下――お師匠様曰く『マスター』――に対する、深い深い親愛の念が感じられる。
そんなお師匠様がこちらを向いて、
「と、言うわけさね、バカ弟子。何十年前だったかに言った、『お前さんが死ぬまで可愛がってやろう』って約束が守れそうでほっとしているよ。図らずもあのときの言葉通り、アルフレド王国だった土地での生活になるわけだしねぇ」
「アリスさんッ!!」
ノティアがバンッとテーブルを叩きながら立ち上がり、
「クリス君の夜の相手は渡しませんわよ!?」
何とも怖いことを言う。
ノティアはエルフで魔力が多く、ひとりだけ寿命が長いからって、いつまで経ってもお盛んなんだよね……。
「あぁ、心配しなさんな。何度も言ってる通り、儂ゃ異性としてのクリスには興味がない――というか、異性そのものに興味がないからね。さて、クリス――いや、国王陛下様、かな?」
お師匠様がローブの裾を持ち上げ、カーテシーの礼を取って見せる。
「改めて、よろしくさね」
私も立ち上がり、貴族の礼を取る。
「ええ――…ええ! よろしくお願いします、お師匠様!!」
そうしてふたりで、笑い合った。
――旧アルフレド王国、現ロンダキア王国・王都――
■ ◆ ■ ◆
「大変です、陛下!」
寝起きの私の寝室に、オーギュスが転がり込んできた。
「何だ、朝っぱらから」
「魔法神アリス信者たちが、今朝、夢で託宣を受けたとの報が全国から上がっておりまして!」
魔法神アリスと言えば、東王国で言うところの魔法神アリソン。
東王国の先王であり、お師匠様――アリス・アインスの生みの親でもある。
「ふぅむ……? で、託宣とやらの内容は?」
「そ、それが……報によって若干の表現の揺れはありますが、概ね次の通りです。『今日から魔法神がアリスからエリスに代わるから、よろしくね』」
「はぁ?」
「そして実際、魔法神の信徒のステータス【称号】が、『魔法神アリスの信徒』から『魔法神エリスの信徒』に変わった。との報告も併せてございます」
「【称号】は偽れんからなぁ。お前の【称号】も、相変わらず私の奴隷のままであるし」
「陛下……こうやって数十年、献身的に仕えて参ったのです。そろそろ奴隷の身分から解放して頂けませんか……?」
「ふぅん? そうして今度は、王都の川に糞を放り込むつもりかな? それはそうと、東王国の方はどうなっている? 主神が変わったのだ。何か知らせはないのか?」
「それが、どのホットラインに繋げても『いまはそれどころじゃないから後で』といった具合で」
「【無制限収納空間】」
私は東王国全土を『世界』で覆いつくし、【目録】で中身を確認する。
『世界』はすぐに解除する。なにしろ『世界』の内側は時が止まってしまうから。
「見たところ陛下も四天王もお変わりないようだった。引き続き情報収集に当たれ」
「御意!」
■ ◆ ■ ◆
昼下がりのお茶の時間。
ノティア、シャーロッテ以下妻たちと一緒に中庭でお茶を飲んでいたそのときに。
「君が『クリス君』かな?」
そいつは、急に現れた。
目深にフードを被った人間。
何の前触れも先触れもなく、厳重な警備の敷かれている中庭に、突如として。
この空間は【瞬間移動】が封じられているはずなのに!
「【無制限収納空間】ッ!!」
咄嗟にそいつを【収納】しようとして、
――バチンッ!!
なんてこと……抵抗された!
神技にも等しいスキルレベル10の【無制限収納空間】が、だぞ!?
「悪いね、クリス君。こちとら元・神サマなんだよ」
そいつがフードを外す。
出てきたのは、金髪碧眼の、見まごうはずもない、この数十年間、結局忘れることのできなかった顔――…
「お師匠様ッ!?」
「の、マスターだよ。どうも初めまして。アリス・アリソン・フォン・ロンダキア・ルキフェル14世です」
お師匠様――いや、先王アリソンがフードとローブを【収納】すると、その下からは優美なドレス姿が現れて、
「この度、もっかい魔王になることが決まってね。隣の国の王様に、こうして挨拶に来たってわけだよ」
完璧な姿勢で、カーテシーの礼を取った。
■ ◆ ■ ◆
アリス様――もとい、ルキフェル国王陛下のお話は、それはもう荒唐無稽なものだった。
「んで魔法神マギノスぬっ殺したらさ、ゼニス様が『アリスちゃんが魔法神やりなさい! でないと世界が滅びます!』とか言うんだもの。で、いざ神様になったら自我も記憶も全部ぜぇ~んぶぶっとんじゃって。あ、お茶のお替りもらっていい? 悪いね、お妃さまに給仕なんてさせちゃって」
「い、いえ……わたくしはその、昔から料理が好きでして」
シャーロッテが恐縮しきりって感じでペコペコしてる。
「へぇ? もしかしてこの焼き菓子も?」
「あ、はい! わたくしが」
「うめぇじゃん!」
「あ、ありがとうございます……」
「んで、気がついたら数千年よ、数千年。愛娘のエリスが私をぶっ殺してくれなきゃ、もっともっと経ってただろうね。
……ここに来る前に、色々聞いたよ。悪かったね、キミにもいろいろつらい思いをさせてしまった。アルフレド王国があんなんになっちゃったのも、ルキフェル王国が荒廃したのも、元を正せば私の所為だ」
「そ、そんなことは――…」
数十年前、まだ【無制限収納空間】の使い方を知らなかった、お師匠様に会う前のあのころ……100パーティー目から追放されて、『アリソン様さえいなかったなら』って思ってしまったことを思い出す。
「ああ~……なるほど。【収納空間】使いからすりゃ、そうだよねぇ。自分の唯一の強味たる【収納空間】がゴミスキル扱いされるのは、ツライだろうと思うよ」
――え? あれ? いま私、口に出してた?
「んぉ? あーごめんごめん、神歴長かったからさ私、無意識に読んじゃうわけ。悪気はないんだけど……ごめんね」
読むって……あぁ、心を。
ま、まぁ……神様だからなぁ。
にしても、そんな神であるアリス陛下を殺すとか、エリス様というのも本当にバケモノだな。
「そうそう、エリスってば大きくなっちゃっててさぁ! まぁそりゃ数千年も経てば大きくもなるか。あ、エリスは私からカンストMPを受け継いでるから、寿命もカンストしてるんだよ。にしても生まれてずっとレベリングに明け暮れるとか頭おかしいわあの子。さすがは私の娘だね。レベリングスキーは遺伝する!!」
「は、はぁ……」
ひとり娘のエリス様がアリス陛下を殺害して魔法神の縛りから解放させたのちに蘇らせ、自らが魔法神になったという話で、つまりエリス様は人間としては死んでしまったわけなんだけれど、アリス陛下に悲しむ様子はない。
「ん? あぁ、エリスのことなら気にするほどのことではないよ」
またも私の心を読んだらしい陛下が、手をひらひらさせながら仰る。
「私もこれから数千年くらいこっちで暴れ回ったら、がっつり修行し直してエリスぶっ殺して魔法神の座を取り戻すつもりだからね。エリスと私で数千年おきくらいに魔法神を担当するのもいいかも」
…………ぶっ飛んでる、と思った。
大陸全土を【収納】可能な私も大概に人外だが、陛下は能力も発想も何もかもがぶっ飛んでいる。
「にしても、クリス王国、とかにしなかったんだね」
今度は話題が、この国の名前のことになった。
「それは、まぁ」
『アルフレド』の名は消し去ってもいいと思ったが、お師匠様の名である『ロンダキア』は消したくなかった。
「ロンダキア、には思い入れがありますから」
「なるほど。アインスちゃん、愛されてたんだねぇ」
アリス陛下がニンマリと微笑み、
「というわけで、真打登場!!」
パンっと手を叩く。
すると私のそばに、ひとりの女性が現れた。
金髪碧眼。
着慣れた感じの旅装に身を包み、実は着痩せするタイプだった女性。
大きな三角帽子を、恥じ入るように目深にかぶっている。
「アリス・アインスちゃんだ!! 一度は私の中に統合されたけど、この通り、分離可能ってわけだよ」
「あ、あ~。その、久しぶりさね……バカ弟子」
お師匠様が、お師匠様が喋った。
その声はアリス陛下とまったく同じもののはずなのに、信じられないほど懐かしくて。
年甲斐もなく、泣いてしまった。
■ ◆ ■ ◆
「ってことでアインスちゃん、命令だよ。クリス君の寿命が尽きるまで、お話し相手になってあげなさい。もし気が変わって人間の体が欲しくなったらいつでも言ってね」
アリス陛下が、これまたとんでもないことをさらりと言う。
「御意」
お師匠様が、陛下に対して恭しく礼をする。
その姿からは、陛下――お師匠様曰く『マスター』――に対する、深い深い親愛の念が感じられる。
そんなお師匠様がこちらを向いて、
「と、言うわけさね、バカ弟子。何十年前だったかに言った、『お前さんが死ぬまで可愛がってやろう』って約束が守れそうでほっとしているよ。図らずもあのときの言葉通り、アルフレド王国だった土地での生活になるわけだしねぇ」
「アリスさんッ!!」
ノティアがバンッとテーブルを叩きながら立ち上がり、
「クリス君の夜の相手は渡しませんわよ!?」
何とも怖いことを言う。
ノティアはエルフで魔力が多く、ひとりだけ寿命が長いからって、いつまで経ってもお盛んなんだよね……。
「あぁ、心配しなさんな。何度も言ってる通り、儂ゃ異性としてのクリスには興味がない――というか、異性そのものに興味がないからね。さて、クリス――いや、国王陛下様、かな?」
お師匠様がローブの裾を持ち上げ、カーテシーの礼を取って見せる。
「改めて、よろしくさね」
私も立ち上がり、貴族の礼を取る。
「ええ――…ええ! よろしくお願いします、お師匠様!!」
そうしてふたりで、笑い合った。