「――アインス、どんな感じかな? 貴女に私の魂を少し移植したのだけれど」

 初めて『心』というものを下賜されたとき、『不自由なものだな』と思った。
 判断基準に『感情』というものが入らざるを得なくなったのが、儂の動きを鈍くさせたんだ。

「あーでも【ふっかつのじゅもん】は無しね。私のこの命令を破れるほど感情的にはなれないように、魂も抑えてあるよ」

「マスター……」

「なぁに泣きそうな顔してるの、アインス」

 そんな、不安定な『感情』というものを与えられて早々、儂はマスターと離ればなれになった。

「ま、大船に乗ったつもりでいなよ! アインスちゃんだって知っての通り、私は寿命も残機も無限大なんだから! もしアルフレド王国がアインスちゃんを粗末に扱うような日が来たら、こう、ガツンとね!」

 …………ひどい話さね。
 そう言って笑ったマスターは、その数年後に姿を消した。


   ■ ◆ ■ ◆


 最初こそ、素晴らしい治世だった。
 賢く民に優しい国王、豊かな国、発達した産業。
 でも、良き王の統治は3代と持たなかった。
 生まれながらの権力におぼれる人間の愚かさというものは、マスターの想像の、ずっとずっと上を行っていた。


   ■ ◆ ■ ◆


「弟が邪魔だ」

「邪魔、とは……私にどうしろと仰るのですか?」

「殺せ」

 病床の王が、うわ言のように命じる。
 
「あやつは儂が満足に動けないのをいいことに、王位簒奪を狙っておるのだ!」

「それは! そのような事実はないと、身辺調査の結果をご報告させて頂いたはずです」

「ならばなぜ、あやつは立て続けに、娘をスタイヘステロン伯爵家とガット子爵家に嫁がせた!? それこそ、近年発展目覚ましい製鉄業を手中に収め、息子への王位継承を邪魔だてしようとしているに違いない!」

 確かに、王弟殿下は巨大な木材の産地を有するスタイヘステロン伯爵家と、炭鉱街を持つガット子爵家に娘を嫁がせた。
 だがそれは、需要に対して一向に供給の追いつかない製鉄業を官民挙げて盛り上げる為の、王弟殿下の純粋な国への忠誠心によるものだ。
 王弟殿下は陛下に具体的な計画書を提出しているし、私が一年にわたって内偵した結果もシロだった。

「殺せ。これは【契約(コントラクト)】に基づく命令だ」

契約(コントラクト)】。その言葉が出た瞬間に、私の体は抵抗できなくなる。

「…………御意」


   ■ ◆ ■ ◆


「……【隠者は霧の中(ハーミット・イン・ザ・フォグ)】」

 真夜中、ガット子爵家の客室で眠る王弟の寝床に忍び込む。
 王弟は移動に配下の【瞬間移動(テレポート)】持ちを使うから、野営中に魔物に襲われて、という最も犠牲の少ない方法が使えない。
 だからそんなときは、()()にしている暗殺ギルドに人を借りる。

 ……無論、死んだ状態の暗殺者を、だ。

 暗殺をするときは、ただ単にターゲットだけを殺せばよいというわけではない。
 シチュエーションによって、付随する犠牲者が必要になる。
 まず、王弟の喉を掻き切って殺した。
 次に部屋の外に立つ護衛を、ドア越しに風魔法で八つ裂きにした。
 そして窓の外に立つ護衛を斬り殺し、その場に暗殺者の死体を配置する。
 最後に窓を割り、部屋の中へ火を放った。

 ……王の妄執の所為で、少なくとも4人の人間が死んだ。
 私が、殺した。
 鎮火が遅れれば、さらにガット家で死者が出るかもしれない。

 もう嫌だ。
 たくさんだ。
 私はあと何年、生きればいいんだ?
 私はあと何人、殺せばいいんだ?

 マスター! あんたどうして私に、感情なんてものを与えたんだ!?


   ■ ◆ ■ ◆


 山ほど人を殺してきた。
 王の政敵、王に刃向かう者、王が気に入らない者……。
 妄執に憑りつかれた王が勝手に反逆者と決めつけた、無実の人間を殺したこともたくさんあった。


   ■ ◆ ■ ◆


 幾人もの王が生まれ、儂に人殺しをさせ、そして妄執のうちに死んでいった。
 誰も彼もが、儂を道具として扱った。
 道具扱いは、まだいい。
 良い政治、良い国家の為の道具になるのなら、やりがいはある。
 けれど、そんな者は現れなかった。
 いや、何人かはいたさ。
 もっとも、そういう善王は政敵の排除に失敗し、あっけなく命を落とした。
 笑えるね……つまり、儂に人殺しを命じた王たちは、正しかったってわけだ。

 そして、数十年前に……極めつけの奴が生まれた。
 現王、アルフレド113世だ。