四天王も領主様も、解放された東王国の捕虜も、城塞都市に避難していた『街』の人たちも、城塞都市の人たちも。
みんながみんな、僕のことを英雄だ神だと褒め讃えてくれた。
でも僕は、素直には喜べなかった。
お師匠様に、会いたかった。
お師匠様の、あの自信満々な笑みが見たかった……。
僕の【収納空間】内に眠る西王国の軍勢の扱いは、後日改めて命じると、ベルゼビュート様からは言われた。
■ ◆ ■ ◆
何も考えられないうちに、数日が過ぎた。
僕は眠ったり起きたりして、曖昧なまま時間を過ごした。
ふとすると、お師匠様の笑い声が聞こえて、顔を上げる。
でも、お師匠様はいない。
そりゃそうだ……お師匠様の魔石も肉体も、他ならぬ僕の【収納空間】の中に眠っている。
このやるせなさを……憤りを、僕はどこに向ければいいのだろう？
気がつけば、お師匠様の部屋にいた。
本棚には、お師匠様が書いた謎の物語本が所狭しと詰め込まれている。
お師匠様は死の間際、『楽しかった』と言った。
確かにお師匠様は僕らと一緒に冒険者として活動したり、『街』を闊歩したり、謎の物語本を書いているときは、いつも楽しそうだった。
結局、お師匠様が【収納】してもらいたがっていた『悲願』ってのは何だったんだろう？
……いや、分かってる。本当は分かってるんだ。
【無制限収納空間】が神級に至ったあのとき。
夢に出てきた魔法神アリソン様は、『汝の望みと、我が子・アインスの望みは合致する』と仰った。
……お師匠様は、死にたがっていた。
そしてそれを成す為には恐らく、お師匠様の体内にある魔石をお師匠様の体から引き剥がすしか方法が無かった。
だからお師匠様は僕を拾い、鍛え、スキルレベルを上げさせた。
あの死闘の最中も、しきりにスキルレベルを上げさせるような言動をしていた。
それに――――……厳しい戦いだったようにも思ったけれど、結果から見れば誰ひとりとして死んでいないんだ。
お師匠様はなぜ、死にたがっていた？
何かヒントはないものかと、本の一冊――『えすえふふぁんたじぃ』に手を伸ばす。
パラパラとめくると、お師匠様が『この下りなんて最高さね』と楽しそうに笑っていた一節を見つけた。
……相変わらず、意味が分からない。
何度読んでもちっとも面白くない。
そのうちに目が文字を上滑りするようになり、一行目だけをすいっと見たときに――…
気づいた。
『女・優・マ・ド・ン・ナ・を――…殺したのはアルフレド113世』！？
本を横からではなく縦読みすると、そこかしこに文章が埋め込まれている！！
そしてそれは、どれもこれもアルフレド国国王や王室の犯罪行為や醜聞を告発する内容だった。
人気女優に伽を強要し、断られたからと言って拷問の上、一族郎党皆殺し。
王室直轄領で増税したら反発されたから、お師匠様に命じて農村ひとつを丸々焼き滅ぼした。
人気の化粧品を王室に優先して卸さなかったからと、その店の経営者と従業員を魔物の檻の中に放り込んで残虐ショー……。
直視できないほどにおぞましい残虐行為の数々が、生々しく、そして淡々と記述されていた。
お師匠様は……これらを知っているということは、その場に居合わせたということなんだろうか？
実際、この記述によれば農村を焼き滅ぼしたのはお師匠様らしいし……村長さんたちが言っていた『金髪の魔女』というのは、まさしくお師匠様のことだったんだ。
でも、疑問がある。
お師匠様は人殺しを楽しむような人格ではなかったと思うんだ。
確かにドライなところはあったけれど、積極的に人助けをしようとするところがあった。
リュシーちゃんの父親――護衛を付けずに行商に出て、盗賊に殺されかけたあの行商人にしたって、『護衛を付けなかったから自業自得だ』とか言いながらもちゃんと治療してあげていた。
――あっ、そう言えばあのときは、お師匠様に盗賊たちの身ぐるみを剥がすように言われて、びっくりしたんだっけ。
「身ぐるみを……か。そう言えばお師匠様の体、【収納】したままだった」
貴重なオリハルコン超合金でできた、お師匠様の体と、魔法神アリソンの魂の一部が練り込まれた魔石。
両方とも素材としてものすごく貴重なものだけれど、ベルゼビュート様は僕にくださった。
曰く『そんなものを持ち帰ってしまったら、陛下の発作が悪化する』とのことで、まぁあの陛下ならそうなるだろうなぁと思った。
「【収納空間】」
お師匠様の体を、ベッドの上に横たえる。
何か、遺書みたいなものを持ってたりしないだろうか？
目を閉じた、お師匠様の体。
戦闘の所為で汚れているけれど、金糸の入った煌びやかな軍服に身を包むお師匠様は、まるで軍神のように凛々しく美しい。
ちょっとドキドキしながらお師匠様の上着を脱がしていると、
「あぁ、クリス。こんなところにいたのね」
部屋にシャーロッテが入ってきた。
「お夕飯は何がいい――…って、な、ななな何してるの！？ や、やっぱりあなた、アリスさんのことが好きだったのね！？ いや、それにしたって意識のない体に対してそんなこと――」
「ち、違うよ！！」
みんながみんな、僕のことを英雄だ神だと褒め讃えてくれた。
でも僕は、素直には喜べなかった。
お師匠様に、会いたかった。
お師匠様の、あの自信満々な笑みが見たかった……。
僕の【収納空間】内に眠る西王国の軍勢の扱いは、後日改めて命じると、ベルゼビュート様からは言われた。
■ ◆ ■ ◆
何も考えられないうちに、数日が過ぎた。
僕は眠ったり起きたりして、曖昧なまま時間を過ごした。
ふとすると、お師匠様の笑い声が聞こえて、顔を上げる。
でも、お師匠様はいない。
そりゃそうだ……お師匠様の魔石も肉体も、他ならぬ僕の【収納空間】の中に眠っている。
このやるせなさを……憤りを、僕はどこに向ければいいのだろう？
気がつけば、お師匠様の部屋にいた。
本棚には、お師匠様が書いた謎の物語本が所狭しと詰め込まれている。
お師匠様は死の間際、『楽しかった』と言った。
確かにお師匠様は僕らと一緒に冒険者として活動したり、『街』を闊歩したり、謎の物語本を書いているときは、いつも楽しそうだった。
結局、お師匠様が【収納】してもらいたがっていた『悲願』ってのは何だったんだろう？
……いや、分かってる。本当は分かってるんだ。
【無制限収納空間】が神級に至ったあのとき。
夢に出てきた魔法神アリソン様は、『汝の望みと、我が子・アインスの望みは合致する』と仰った。
……お師匠様は、死にたがっていた。
そしてそれを成す為には恐らく、お師匠様の体内にある魔石をお師匠様の体から引き剥がすしか方法が無かった。
だからお師匠様は僕を拾い、鍛え、スキルレベルを上げさせた。
あの死闘の最中も、しきりにスキルレベルを上げさせるような言動をしていた。
それに――――……厳しい戦いだったようにも思ったけれど、結果から見れば誰ひとりとして死んでいないんだ。
お師匠様はなぜ、死にたがっていた？
何かヒントはないものかと、本の一冊――『えすえふふぁんたじぃ』に手を伸ばす。
パラパラとめくると、お師匠様が『この下りなんて最高さね』と楽しそうに笑っていた一節を見つけた。
……相変わらず、意味が分からない。
何度読んでもちっとも面白くない。
そのうちに目が文字を上滑りするようになり、一行目だけをすいっと見たときに――…
気づいた。
『女・優・マ・ド・ン・ナ・を――…殺したのはアルフレド113世』！？
本を横からではなく縦読みすると、そこかしこに文章が埋め込まれている！！
そしてそれは、どれもこれもアルフレド国国王や王室の犯罪行為や醜聞を告発する内容だった。
人気女優に伽を強要し、断られたからと言って拷問の上、一族郎党皆殺し。
王室直轄領で増税したら反発されたから、お師匠様に命じて農村ひとつを丸々焼き滅ぼした。
人気の化粧品を王室に優先して卸さなかったからと、その店の経営者と従業員を魔物の檻の中に放り込んで残虐ショー……。
直視できないほどにおぞましい残虐行為の数々が、生々しく、そして淡々と記述されていた。
お師匠様は……これらを知っているということは、その場に居合わせたということなんだろうか？
実際、この記述によれば農村を焼き滅ぼしたのはお師匠様らしいし……村長さんたちが言っていた『金髪の魔女』というのは、まさしくお師匠様のことだったんだ。
でも、疑問がある。
お師匠様は人殺しを楽しむような人格ではなかったと思うんだ。
確かにドライなところはあったけれど、積極的に人助けをしようとするところがあった。
リュシーちゃんの父親――護衛を付けずに行商に出て、盗賊に殺されかけたあの行商人にしたって、『護衛を付けなかったから自業自得だ』とか言いながらもちゃんと治療してあげていた。
――あっ、そう言えばあのときは、お師匠様に盗賊たちの身ぐるみを剥がすように言われて、びっくりしたんだっけ。
「身ぐるみを……か。そう言えばお師匠様の体、【収納】したままだった」
貴重なオリハルコン超合金でできた、お師匠様の体と、魔法神アリソンの魂の一部が練り込まれた魔石。
両方とも素材としてものすごく貴重なものだけれど、ベルゼビュート様は僕にくださった。
曰く『そんなものを持ち帰ってしまったら、陛下の発作が悪化する』とのことで、まぁあの陛下ならそうなるだろうなぁと思った。
「【収納空間】」
お師匠様の体を、ベッドの上に横たえる。
何か、遺書みたいなものを持ってたりしないだろうか？
目を閉じた、お師匠様の体。
戦闘の所為で汚れているけれど、金糸の入った煌びやかな軍服に身を包むお師匠様は、まるで軍神のように凛々しく美しい。
ちょっとドキドキしながらお師匠様の上着を脱がしていると、
「あぁ、クリス。こんなところにいたのね」
部屋にシャーロッテが入ってきた。
「お夕飯は何がいい――…って、な、ななな何してるの！？ や、やっぱりあなた、アリスさんのことが好きだったのね！？ いや、それにしたって意識のない体に対してそんなこと――」
「ち、違うよ！！」
