空を駆ける。
【飛翔】の魔法じゃない。使うのは【闘気】で高濃度に固めた魔力による足場。
朝霧の中、【万物解析】を【付与】した視界で眼下を探る。
――見つけた。
私よりも低空を飛ぶ、1体の風竜の姿。
私は風竜の上空まで駆け、そこから自由落下する。
風竜は、私が首に組み付いても気づかなかった。
気配は【闘気】で覆い隠している。
私は両手に【闘気】を込め、風竜の首をへし折った。
■ ◆ ■ ◆
「あら、ツヴァイ。起きてるなんて珍しいじゃない。数年ぶり……くらいだったかしら?」
山中のねぐら――切り立った岩壁を拳で砕き抜いただけの洞穴――に戻ると、小さなぬいぐるみが立っていた。
ツヴァイ。
ママが私の為に残してくれた、知能を持ったお人形。
可愛らしい猫の姿をしたぬいぐるみは、長い放浪生活の所為でボロボロだ。
そろそろ新しいぬいぐるみに魂を移し替える頃合いかも知れない。
「アインスが機能停止しました」
ツヴァイが、言った。
「アインスっていうと――ママが作ったもうひとりのお人形? ツヴァイのお姉さんだったかしら」
「肯定」
「機能停止、というと?」
「人間の概念で言うところの、『死』に当たります」
「そう……」
感情を持たないツヴァイは、表情を変えない。
というか、ぬいぐるみの体では、変えられるだけの表情がない。
「確か、アルフレド王国にいたのよね? ツヴァイと同じだけの強さを持つアインスが、簡単に死ぬとは思えないのだけれど……両国の間で、またぞろ戦争でも起こったのかしら」
「アインスにはルキフェル王国を害せないよう【契約】が施されています」
「ふぅん……まぁ、いいわ。下界がどうなっていようとも、私がやるべきことは変わらないもの。
――――ママを、殺す。
殺して、魔法神としての定義から引きはがし、蘇生させてパパの元まで引っ張り出すのよ。それでパパを叱ってもらって、パパとママのふたりに国を立て直させるの」
「その為に、貴女が魔法神の責務を肩代わりしなければならないとしても、ですか?」
「私はその為に生まれたんだもの。その為に――…遊びも友達も恋も愛も結婚も、人生も……何もかもを捨てて数千年間、ひたすらレベリングに明け暮れてきたのだもの」
「先ほどの戦い、拝見していましたが、まったく魔法を使わず体術のみで戦っておられましたね。確かに肉体は鍛えられているようですが」
ツヴァイが私の、バッキバキに割れた腹筋を見ながら、
「マスターとの戦いに、役に立つのですか?」
「パパにせよ四天王にせよ、誰も彼もが口をそろえて言うんだけれど……ママって魔法と【収納空間】は威力も精度もとんでもないバケモノなんだけど、体術――というか運動神経――となるとからっきしだったらしいのよね。何千年と剣をふるい続けても、結局最後まで【片手剣術】レベル10に至れなかったらしいし……私なんて最初の数百年でなれたわよ、レベル10。
だから、どうせ勝ち目のない魔法方面を伸ばすよりも、得意の体術を伸ばして、ママの体が温まる前に先手必勝! っていきたいわけ。
ママと違って、私にはやり直しの力なんてないから……勝てる可能性は、少しでも伸ばさないと」
そして今日もまた、レベリングが始まる。
この日々は、ママを殺すその日まで、終わらない。
【飛翔】の魔法じゃない。使うのは【闘気】で高濃度に固めた魔力による足場。
朝霧の中、【万物解析】を【付与】した視界で眼下を探る。
――見つけた。
私よりも低空を飛ぶ、1体の風竜の姿。
私は風竜の上空まで駆け、そこから自由落下する。
風竜は、私が首に組み付いても気づかなかった。
気配は【闘気】で覆い隠している。
私は両手に【闘気】を込め、風竜の首をへし折った。
■ ◆ ■ ◆
「あら、ツヴァイ。起きてるなんて珍しいじゃない。数年ぶり……くらいだったかしら?」
山中のねぐら――切り立った岩壁を拳で砕き抜いただけの洞穴――に戻ると、小さなぬいぐるみが立っていた。
ツヴァイ。
ママが私の為に残してくれた、知能を持ったお人形。
可愛らしい猫の姿をしたぬいぐるみは、長い放浪生活の所為でボロボロだ。
そろそろ新しいぬいぐるみに魂を移し替える頃合いかも知れない。
「アインスが機能停止しました」
ツヴァイが、言った。
「アインスっていうと――ママが作ったもうひとりのお人形? ツヴァイのお姉さんだったかしら」
「肯定」
「機能停止、というと?」
「人間の概念で言うところの、『死』に当たります」
「そう……」
感情を持たないツヴァイは、表情を変えない。
というか、ぬいぐるみの体では、変えられるだけの表情がない。
「確か、アルフレド王国にいたのよね? ツヴァイと同じだけの強さを持つアインスが、簡単に死ぬとは思えないのだけれど……両国の間で、またぞろ戦争でも起こったのかしら」
「アインスにはルキフェル王国を害せないよう【契約】が施されています」
「ふぅん……まぁ、いいわ。下界がどうなっていようとも、私がやるべきことは変わらないもの。
――――ママを、殺す。
殺して、魔法神としての定義から引きはがし、蘇生させてパパの元まで引っ張り出すのよ。それでパパを叱ってもらって、パパとママのふたりに国を立て直させるの」
「その為に、貴女が魔法神の責務を肩代わりしなければならないとしても、ですか?」
「私はその為に生まれたんだもの。その為に――…遊びも友達も恋も愛も結婚も、人生も……何もかもを捨てて数千年間、ひたすらレベリングに明け暮れてきたのだもの」
「先ほどの戦い、拝見していましたが、まったく魔法を使わず体術のみで戦っておられましたね。確かに肉体は鍛えられているようですが」
ツヴァイが私の、バッキバキに割れた腹筋を見ながら、
「マスターとの戦いに、役に立つのですか?」
「パパにせよ四天王にせよ、誰も彼もが口をそろえて言うんだけれど……ママって魔法と【収納空間】は威力も精度もとんでもないバケモノなんだけど、体術――というか運動神経――となるとからっきしだったらしいのよね。何千年と剣をふるい続けても、結局最後まで【片手剣術】レベル10に至れなかったらしいし……私なんて最初の数百年でなれたわよ、レベル10。
だから、どうせ勝ち目のない魔法方面を伸ばすよりも、得意の体術を伸ばして、ママの体が温まる前に先手必勝! っていきたいわけ。
ママと違って、私にはやり直しの力なんてないから……勝てる可能性は、少しでも伸ばさないと」
そして今日もまた、レベリングが始まる。
この日々は、ママを殺すその日まで、終わらない。