ノティアの顔が、みるみるうちに耳の端まで赤くなる。

「……誠にお恥ずかしながら、わたくしもこの地が『非武装中立地帯(ディー・エム・ゼット)』だと存じ上げなかったのですわ」

「えぇぇ……」

 あれだけ偉そうに解説しておいて!?

「し、仕方ないでしょう、クリス君!? だって百年前、休戦したころにはもうわたくし、放浪の旅に出ておりましたし、1ヵ月前にクリス君のウワサを聞いてここに来るまで、フロンティエーレ辺境伯領には来たことなんてなかったんですもの!」

「はぁ~……ま、ウソはなさそうだね」

 呆れ顔のベルゼビュート様。

「さて、フロンティエーレ辺境伯。アタシからこいつらに聞きたいことは聞いた。お前からは何かあるかい?」

「そうですな――商人ギルドのミッチェン」

「――ヒッ」

 いまのいままで真っ青な顔でうつむいていたミッチェンさんが飛び上がった。

「貴様は、私の敵か? 西王国の手先か?」

「ち、ちちち違います!! わたくしはただ、『謎の情報提供者A』を名乗るものから手紙をもらい、『西の森に行けば面白いものが見つけられる』と教えられただけです! そうしてわたくしは、西の森を貫く『道』を見つけました。それで、これは鳴かず飛ばずだったわたくしに与えられた千載一遇のチャンスなんだと――…そう思って、人を集め、金を集め、交易所を開いたのです。それが、ま、まさかこんな――…」

 そういえば、ミッチェンさんに2度目に会ったときに、そのようなことをいっていたような。
 それにしても……情報提供者A(アリス)、ね。
 確証はない。けれど、その手紙を出したのはきっとアリス・アインスだろう。

「ふん……まぁ、そんなところであろう。リスクの見極めもできないような駆け出し商人の暴走、といったところか。商人ギルドに何度問い合わせても、若手有志の組織『西の森交易路権益確保の会』が勝手にやっていることで、ギルドは関与していない、の一点張りだったからな。『西の森交易路権益確保の会』をギルドから追放しない時点で、協力しているも同義だというのに、あのタヌキどもめが……」

 ……それが、『街』に若手商人しかいなかった理由。
 地に足着いた商売をしているベテラン商人たちは、この街で商売をすることのリスクの高さをよくよく承知していたというわけだ。
 一方冒険者たちは、僕も含めて『非武装中立地帯(ディー・エム・ゼット)』の存在自体からして知らなかった。

「で、でも領主様、どうして領主様はオーギュスみたいなゴロツキを使ってこの街を衰退させようとしたんですか? 領主命令で立ち退かせるなり、それでも言うことを聞かなければ武力行使すればよかったのでは……?」

 そう。
 奴隷化させてからオーギュスに聞いたのだけれど、街の治安が異様に悪かったのも、護衛を付けていない商人がピンポイントで盗賊に狙われたのも、全部全部オーギュスの仕業だった。

「だから、ここは『非武装中立地帯(ディー・エム・ゼット)』である。この地に警備兵や官吏、ましてや領軍などを立ち入らせたら、それこそ戦争になってしまう。だから、あくまで表向きは私はこの場所のことを知らないという体でいなければならなかったのだ」

 なるほど……。
 あれ? でも――

「お嬢様をお診せになる為に、ここにいらっしゃいました。あれは……?」

「…………娘の命には代えられなかったからだ。呼びつけなかったのは、そなたの心証を悪くして、娘が助かる可能性を失いたくなかったから」

 ――――十分すぎる理由だった。

「さて、それでは作戦会議を始めようか」

 ベルゼビュート様が宣言する。

「さ、作戦会議……?」

 僕が首をかしげると、

「西王国軍とアリス・アインスの侵攻を、ここで食い止めなければならない。お前には、死ぬまで戦ってもらうよ、冒険者クリス? それが、この国を戦争に巻き込んだお前の、唯一できる償いの方法だ」

「…………わ」

 声が、震えた。
 けど、ここで逃げるわけにはいかない。
 何もかも、僕の責任なんだから!!

「分かりました……ッ!!」


   ■ ◆ ■ ◆


 街中(まちじゅう)がパニックになって、誰も彼もが荷物をまとめて東の門に向かって逃げようとしていた。
 単なる客や商人や商人ギルド職員はもちろん、冒険者の姿も多くみられた。

「お祭り騒ぎですわね」

 気が気でない僕とは逆に、一緒に歩くノティアは平然とした顔をしている。

 シャーロッテと使用人のみんな、そして『アリス書店』の子たちは城塞都市に避難させた。
 シャーロッテは最後まで一緒に居ると言って聞かなかったけれど、他の孤児院組に引きずらせて避難させた。
『絶対に死なないで』と泣かれてしまった。

 僕とノティアは街の西側――冒険者ギルド支部に向かって歩く。 
 人の波に逆らうように歩いていると、人々が僕に気づき、

『疫病神』

 とか、

『反逆者』

 と、口々に罵られた。
 そこら中に落ちている紙切れを見ると、宣戦布告状のまとめみたいなものが書かれていた。
 誰かがバラ撒いたんだろう……決まっている、アリス・アインスだ。
 そして――…





「金髪の悪魔!!」





 ふと、道の向こうから難民の少女――ドナが助けた子――が、僕目がけて石を投げつけてきた。
 石は勢いを失い、僕の靴に当たる。

「川は、あなたの仕業だったのね! 私たちの村を返せ!!」

 ――――……そう、か。
 そう言えば村長さんが、『村の川の水が激減して』って言ってた。
 つまり、僕がこの街に川を引いたが為に、難民たちは村を捨てざるを得なくなってしまったんだ……。

「随分ですわねぇ? 餓死寸前のところを救われたのは事実でしょうに」

 ノティアが睨みつけると、少女が逃げてゆく。

 ……気がつけば、人混みがすっかりはけていた。
 街の西の方は、静けさに包まれている。

「いいんだよ、ノティア……それよりもノティア、本当にいいの? いまからでも遅くないから、他の街に逃げた方が――」

 僕はそれ以上喋れなくなった。
 ノティアの唇で、口をふさがれたから……ッ!!