誰も、何も言わない。
僕は、金縛りにあったみたいに動けない。
頭が、状況に追いつこうとしてくれない。
お師匠様だけが、楽しそうに、笑っている。
「お前さんは敵国のスパイに操られ、踊らされ、西王国の開戦理由を作っちまったのさ。
…………ざまぁないね、クリス?」
「お、お師匠様……? それってどういう……」
「言葉のまんまの意味さね。ほら魔王様、これが宣戦布告状さね」
お師匠様が、封のされた手紙をテーブルの上に放り投げる。
「儂のところとお前さんのところはあくまで休戦中。本当は宣戦布告状用意せず、一方的に砲弾の雨あられを降らせたっていいんだが、ま、これも文明人としての礼儀ってやつかねぇ」
それからお師匠様が、僕に笑いかける。
「オーギュスとか言ったかい、お前さんの幼馴染? あいつもあいつでこの街に魔物暴走を招き入れた大罪人だが、お前さんだって負けていないよ。
なぜならお前さんは、この街を、国を、戦争に巻き込んだ張本人だからさ!
――さぁ、お前さんは儂と一緒に来るんだ。
お前さんはただ、ここで『うん』と言いさえすればいい。そうすれば儂は、お前さんの寿命が尽きるまで、大切に大切に可愛がってやろう……ただし、アルフレド王国でね!」
「……う」
お師匠様の命令には、絶対服従。
「…………う、うぅ」
お師匠様は、僕の命の恩人で人生の恩人。
お師匠様がいるからこそ、いまの僕がある。
「う――――」
「――行かないで、クリスッ!!」
シャーロッテの声。
顔を上げれば、居間の入り口で、シャーロッテが青い顔をして僕を見ている。
『クリス君、アリスさんを【収納】しなさい!』
突如、頭に直接ノティアの声が響いた――【念話】だ!
で、でもお師匠様を【収納】なんて――
『早くなさい!! 真偽がどうであれ、アリスさんを【収納】して拘束してしまえば、落ち着いて対処ができますわ!』
『わ、分かった!』
僕はお師匠様に手を差し向け、
「――【無制限収納空間】ッ!!」
――――――――バチンッ!!
お師匠様の体を、抵抗のまぶしい光が覆う!
【収納】は、失敗だ。
「あいにくと、儂の体表にはマスターから直々に授かった【自動魔法防護結界】がかかっていてね」
冷たく笑いながら、お師匠様が自分のへその下――丹田を示す。
「ここにある儂のコア――マスターの霊魂の欠片を練り込んだ魔石が砕かれでもしない限り、儂に魔法は効かない」
「行け、レヴィ!」
バフォメット様の声にレヴィアタン様がうなずき、魔王様とレヴィアタン様の姿が消える――【瞬間移動】だ。
そしてそのときにはもう、虚空から抜き放たれたバフォメット様の剣が、お師匠様の首に届いていた。
お師匠様の首が、跳ね飛ばされ――
ガギィィィィイイイイインッ!!
――なかった!
「オリハルコン製かい? いい剣だし【闘気】も申し分ないが、相手が悪いさね」
バフォメット様が目にもとまらぬ速さで何度も斬りつけるけれど、お師匠様の服が切れるばかりで、血の一滴も出ず、どころかお師匠様の素肌は傷ひとつつかない。
「クリス。お前さん、儂の胸をさんざん固いだ何だと言ってくれたが、当り前さね。儂の体は、この通りマスターお手製のオリハルコン超合金でできているんだから。
儂は、人間じゃあない。
儂は意志を持った人形――マスターたる勇者アリス・アリソン・フォン・ロンダキア・ルキフェル14世によって生み出された自動人形さね」
人前で一度も食事をしたことがないお師匠様――…食べる必要がなかったから。
汗をかかず、顔色も変わらないお師匠様――…そんなことができる機能が、人形の体には備わっていないから。
思えば、違和感はいくつもあった。
けれど僕は気づかなかった。
気づきたくなかった。
気づいてしまうことで、お師匠様が離れて行ってしまうんじゃないかとずっと怯えていた。
「離れてッ! 【魔法防護結界】!!」
ノティアの言葉と同時にバフォメット様がお師匠様から距離を取り、同時にお師匠様の体がノティアが発生させた結界に閉じ込められる。
ノティアが結界に手を当て、
「【大爆裂】ッ!!」
結界内で真っ赤な炎と爆風が巻き起こる!!
本来ならば、地形ごと消し飛ばすような聖級破壊魔法……こんな大爆発、並みの人間じゃあ骨も残らないだろうと思う。
けれど。
「言ったろう、ノティア? 【自動魔法防護結界】だと」
まったく無傷な、衣服すら焦げひとつついていないお師匠様が、ゆっくりとした足取りで【魔法防護結界】内から出てきた。
「さぁクリス、儂の手を取るんだ」
お師匠様が手を差し伸べてくる。
「いけませんわ、クリス君」
ノティアが僕を庇うように立つ。
「どきな、ノティア」
「どきませんわ」
「ふぅむ、攻撃魔法が使えないってのが不便――」
そのとき、お師匠様の背後にツノ持ち魔族の老婆が現れた!
「【究極物理防護結界】」
老婆が物理的な結界でお師匠様の体を拘束する。
お師匠様は薄っすらと輝く結界の壁をコツコツと叩きながら、
「おやおや、お前さんは――ベルゼネ・ド・ラ・ベルゼビュートかい!? 懐かしい……数千年ぶりさね!」
「…………?」
老婆――ベルゼビュートと言えば、確か四天王の最長老のはずだ――が首をかしげる。
「あぁ、あのときは儂が一方的にお前さんを監視していたんだったっけ。ロンダキア領で間諜活動に精を出すお前さんをねぇ」
「……随分と懐かしい話だ。誰だい、お前?」
老婆が目を細める。
「アリス・アインス・フォン・ロンダキア」
「「「「アルフレド王国の守護神!?」」」」
ノティア、バフォメット様、領主様、そして老婆が悲鳴に近い声を上げる。
「なるほど、西王国の守護神が、今度はこうして間諜の女として活躍してるってわけか? 皮肉なものだ」
ベルゼビュート様が笑う。
そして気がつけば、この部屋にはさらにふたりのツノ持ち魔族――レヴィアタン様と、見上げるほどの巨体を持った騎士っぽい方――がいる。
「ははっ、四天王そろい踏みってわけかい。さすがに分が悪いさね」
お師匠様が言い、それから僕に向かって微笑みかけ、
「また迎えに来るよ、クリス。
――今度はアルフレド王国軍と一緒に、ね」
そう言った瞬間、お師匠様は姿を消した。
「て、【瞬間移動】――…」
僕は、お師匠様は【瞬間移動】が使えないものだとばかり思っていた。
……けれど思い返せば、そんなこと、ただの一度も言ったことはなかったんだ。
僕は、金縛りにあったみたいに動けない。
頭が、状況に追いつこうとしてくれない。
お師匠様だけが、楽しそうに、笑っている。
「お前さんは敵国のスパイに操られ、踊らされ、西王国の開戦理由を作っちまったのさ。
…………ざまぁないね、クリス?」
「お、お師匠様……? それってどういう……」
「言葉のまんまの意味さね。ほら魔王様、これが宣戦布告状さね」
お師匠様が、封のされた手紙をテーブルの上に放り投げる。
「儂のところとお前さんのところはあくまで休戦中。本当は宣戦布告状用意せず、一方的に砲弾の雨あられを降らせたっていいんだが、ま、これも文明人としての礼儀ってやつかねぇ」
それからお師匠様が、僕に笑いかける。
「オーギュスとか言ったかい、お前さんの幼馴染? あいつもあいつでこの街に魔物暴走を招き入れた大罪人だが、お前さんだって負けていないよ。
なぜならお前さんは、この街を、国を、戦争に巻き込んだ張本人だからさ!
――さぁ、お前さんは儂と一緒に来るんだ。
お前さんはただ、ここで『うん』と言いさえすればいい。そうすれば儂は、お前さんの寿命が尽きるまで、大切に大切に可愛がってやろう……ただし、アルフレド王国でね!」
「……う」
お師匠様の命令には、絶対服従。
「…………う、うぅ」
お師匠様は、僕の命の恩人で人生の恩人。
お師匠様がいるからこそ、いまの僕がある。
「う――――」
「――行かないで、クリスッ!!」
シャーロッテの声。
顔を上げれば、居間の入り口で、シャーロッテが青い顔をして僕を見ている。
『クリス君、アリスさんを【収納】しなさい!』
突如、頭に直接ノティアの声が響いた――【念話】だ!
で、でもお師匠様を【収納】なんて――
『早くなさい!! 真偽がどうであれ、アリスさんを【収納】して拘束してしまえば、落ち着いて対処ができますわ!』
『わ、分かった!』
僕はお師匠様に手を差し向け、
「――【無制限収納空間】ッ!!」
――――――――バチンッ!!
お師匠様の体を、抵抗のまぶしい光が覆う!
【収納】は、失敗だ。
「あいにくと、儂の体表にはマスターから直々に授かった【自動魔法防護結界】がかかっていてね」
冷たく笑いながら、お師匠様が自分のへその下――丹田を示す。
「ここにある儂のコア――マスターの霊魂の欠片を練り込んだ魔石が砕かれでもしない限り、儂に魔法は効かない」
「行け、レヴィ!」
バフォメット様の声にレヴィアタン様がうなずき、魔王様とレヴィアタン様の姿が消える――【瞬間移動】だ。
そしてそのときにはもう、虚空から抜き放たれたバフォメット様の剣が、お師匠様の首に届いていた。
お師匠様の首が、跳ね飛ばされ――
ガギィィィィイイイイインッ!!
――なかった!
「オリハルコン製かい? いい剣だし【闘気】も申し分ないが、相手が悪いさね」
バフォメット様が目にもとまらぬ速さで何度も斬りつけるけれど、お師匠様の服が切れるばかりで、血の一滴も出ず、どころかお師匠様の素肌は傷ひとつつかない。
「クリス。お前さん、儂の胸をさんざん固いだ何だと言ってくれたが、当り前さね。儂の体は、この通りマスターお手製のオリハルコン超合金でできているんだから。
儂は、人間じゃあない。
儂は意志を持った人形――マスターたる勇者アリス・アリソン・フォン・ロンダキア・ルキフェル14世によって生み出された自動人形さね」
人前で一度も食事をしたことがないお師匠様――…食べる必要がなかったから。
汗をかかず、顔色も変わらないお師匠様――…そんなことができる機能が、人形の体には備わっていないから。
思えば、違和感はいくつもあった。
けれど僕は気づかなかった。
気づきたくなかった。
気づいてしまうことで、お師匠様が離れて行ってしまうんじゃないかとずっと怯えていた。
「離れてッ! 【魔法防護結界】!!」
ノティアの言葉と同時にバフォメット様がお師匠様から距離を取り、同時にお師匠様の体がノティアが発生させた結界に閉じ込められる。
ノティアが結界に手を当て、
「【大爆裂】ッ!!」
結界内で真っ赤な炎と爆風が巻き起こる!!
本来ならば、地形ごと消し飛ばすような聖級破壊魔法……こんな大爆発、並みの人間じゃあ骨も残らないだろうと思う。
けれど。
「言ったろう、ノティア? 【自動魔法防護結界】だと」
まったく無傷な、衣服すら焦げひとつついていないお師匠様が、ゆっくりとした足取りで【魔法防護結界】内から出てきた。
「さぁクリス、儂の手を取るんだ」
お師匠様が手を差し伸べてくる。
「いけませんわ、クリス君」
ノティアが僕を庇うように立つ。
「どきな、ノティア」
「どきませんわ」
「ふぅむ、攻撃魔法が使えないってのが不便――」
そのとき、お師匠様の背後にツノ持ち魔族の老婆が現れた!
「【究極物理防護結界】」
老婆が物理的な結界でお師匠様の体を拘束する。
お師匠様は薄っすらと輝く結界の壁をコツコツと叩きながら、
「おやおや、お前さんは――ベルゼネ・ド・ラ・ベルゼビュートかい!? 懐かしい……数千年ぶりさね!」
「…………?」
老婆――ベルゼビュートと言えば、確か四天王の最長老のはずだ――が首をかしげる。
「あぁ、あのときは儂が一方的にお前さんを監視していたんだったっけ。ロンダキア領で間諜活動に精を出すお前さんをねぇ」
「……随分と懐かしい話だ。誰だい、お前?」
老婆が目を細める。
「アリス・アインス・フォン・ロンダキア」
「「「「アルフレド王国の守護神!?」」」」
ノティア、バフォメット様、領主様、そして老婆が悲鳴に近い声を上げる。
「なるほど、西王国の守護神が、今度はこうして間諜の女として活躍してるってわけか? 皮肉なものだ」
ベルゼビュート様が笑う。
そして気がつけば、この部屋にはさらにふたりのツノ持ち魔族――レヴィアタン様と、見上げるほどの巨体を持った騎士っぽい方――がいる。
「ははっ、四天王そろい踏みってわけかい。さすがに分が悪いさね」
お師匠様が言い、それから僕に向かって微笑みかけ、
「また迎えに来るよ、クリス。
――今度はアルフレド王国軍と一緒に、ね」
そう言った瞬間、お師匠様は姿を消した。
「て、【瞬間移動】――…」
僕は、お師匠様は【瞬間移動】が使えないものだとばかり思っていた。
……けれど思い返せば、そんなこと、ただの一度も言ったことはなかったんだ。