「いやあ、でもまさか、あそこで遥ちゃんが加勢してくれるとは思わなかったよ」

 あのあと新郎とも適当な場所で別れ、遥は雅とともに家までの道を歩いていた。

 愉快げに告げられた雅の指摘に、遥はかあっと頬を熱くする。

「突然乱入してしまってすみません。周りの人たちにいろいろ突っ込まれる前に、あの場を離れた方がいいかと思いまして」
「うんうん。助かったよ。一人より二人のほうが怪しさも和らぐからね」

 柔らかく微笑んだ雅に、そっと安堵の息を吐く。
 咄嗟の判断だったが、どうやら迷惑にはなかったようだ。

「それにしても雅さん、すごい演技力でしたね。あんまり自然に話しかけてしまうものですから、一瞬本当にお知り合いだったのかと思いました」
「ふふん。まあ一応、小さくとも劇団の団長を名乗っていますからね」

 茶目っ気たっぷりに肩をすくめた雅に、くすりと笑みがこぼれる。

 今の雅は、動きやすそうなカジュアルな私服をまとっていた。

 ダークグリーンのミリタリージャケットに白のカットソー、紺色の細身パンツ。
 ひとつひとつはシンプルなアイテムのはずなのに、彼が着ると不思議と目を引く着こなしに映る。

 こんな美形に親友の如く話しかけられ、新郎もさぞかし驚いたことだろう。

「それにしても新郎の慎介さん。会社の後輩にはかなり慕われているみたいだったねえ」
「はい。人柄も良さそうでしたし、急に話しかけてきた私たちにも丁寧にお礼をしてくれましたもんね」

 遥たちが、無事新人社員から新郎を引き離したあと。

「ごめんなさい、人違いでした」と驚きの手のひら返しをした二人に、新郎はすぐに笑みを浮かべた。
 こちらこそありがとうございました。今はまだ飲み会に参加する気持ちにはなれなかったので、助かりました、と。

 花嫁が亡くなったのが二ヶ月前の三月。

 四月入社の新人たちは、恐らくその事実を知らなかったのだろう。

「雅さん、今夜はもしかして、新郎さんの様子を見にいらしてたんですか?」
「うん。実はそうなんだ」

 偶然居合わせた遥とは違い、雅はあらかじめ新郎の身辺調査していたらしい。

「今回の花嫁の心残りの日の再現には、彼の出席が必要不可欠だからね。彼の現状を前もって把握する。劇団拝ミ座のお仕事のひとつだよ」
「でも」
「うん?」
「あんなふうに新郎さんを助けることは、拝ミ座のお仕事には入っていませんよね」

 ためらいがちに尋ねた遥かに、雅はほんの僅かに見張った。

 劇団拝ミ座は亡き人の未練の時を再現する、いわば裏方の仕事だ。
 本来ならば、式当日までこちらの顔は割れないほうが都合が良いのだろう。

 しかしこの人は、新郎の返答に苦心する現場に、咄嗟に旧知の友人役を買って出たのだ。

「やっぱり。私の思ったとおりでしたね」
「遥ちゃん?」
「あなたからの頼まれごとを引き受けることに決めて、本当によかった」

 立ち止まった雅に合わせ、遥も隣で歩みを止めた。

「雅さんたちには、いろいろと考えがあるんだと思います。私を今回のような身辺調査に連れ出さないことも、こちらの負担を配慮してくれているのかもしれません」

 色素の薄い瞳が、遥を淡く映し出す。

 出会った当初は戸惑うほどだった美しさに、今は勇気を奮い向き合った。

「でも私も、可能な限り今回のご依頼のお役に立ちたいと思っています。例え一瞬のことだって、その人と一心同体になるんです。私も、亡くなった花嫁さんの心と誠実に向き合いたい」

 星が小さく瞬きだした夜空の下に、春の名残を乗せた風が吹き付けた。

 本来なら桜の咲く季節になるはずだった彼等の結婚式を想い、ぎゅっと胸元で手を握る。

「ですから、お願いします雅さん。どうか私にも、もっと劇団拝ミ座の活動に協力をさせてくれませんか……!」

 思い切って願い出た遥は、瞼をぎゅっとつむり向けられる回答を待つ。

 なんと告げられるだろう。
 仕方がないと我が儘を汲んでくれる?
 それとも、自分たちのやり方に口は出さないでほしいと窘められるだろうか。

 様々な返答の可能性にじとりと嫌な汗がこめかみに浮かぶ。
 すると頭上から届いた反応は小さな笑い声だった。

「はは、なるほどね。そういうことかあ」
「雅さん?」
「……懐かしいなあ、今の言葉」
「え?」

 遠い日々を懐古するような眼差しに、遥は小さく首を傾げる。

 雅と自分は、かつてどこかで逢ったことがあるのだろうか。
 思っていたことが透けていたのか、雅は違う違うと首を振った。

「誤解させちゃったね。遥ちゃんとは正真正銘初対面だと思うよ。ただね、遥ちゃんの今の言葉、前にも誰かさんが言っていたなあってね」
「そ、そうなんですか……?」

 どんな反応するべきかわからず困惑する。
 そんな遥に、雅はふわりと柔らかく微笑んだ。

 今まで見た中で一番美しい面差しに、遥は思わず見惚れてしまった。