突然背後に現れたものだから、大友さんは「ぎゃあっ!」と盛大に叫び、レジの近くを歩いていた2人、そして雑誌売り場にいた3人くらいのお客さんの視線を一気に集めた。ちなみに犯人はこちらを振り向かなかった。
「五十嵐さん、帰ったんじゃなかったんですか?」
「専門書の品出しも残ってたから終わらせといた。高倉くん、返品もやってたら大変でしょ」
「すみません」
わざわざ僕に気を遣って品出し作業を終わらせてくれていたらしい。少し言葉足らずなところがあるけれど、五十嵐さんは困っている人を決して放っておかない。
そうだ。ここに経験豊富なベテランがいるじゃないか。
「五十嵐さん、ちょっと良いですか」
周りにいるお客さんに聞こえないように事情を説明すると、五十嵐さんは「今、お店にいるの?」と、特に驚くこともせず僕らに訊いた。
「コミック売り場の方にいるスーツを着た人です。あたし見ました」
自らの興奮を必死に抑えながら、大友さんが売り場の方を指差す。
「絶対に見間違いじゃない?」
「絶対です」
「絶対の絶対?」
「う……」
念を押して訊かれたせいで、大友さんはさっきまでの勢いが段々と萎んでいく。自分の父親と同じくらいの人から怪訝な顔でじいっと見られると、さすがに怖いと思う。
「……ぜ、絶対……です!」
それでも、大友さんは目を逸さずに言い切った。
「わかった。その人がお店から出ようとしたところで、声をかける」
五十嵐さんは大きく頷き、大友さんに加勢することを宣言する。
「防犯タグが付いているはずだから、ブザーが鳴ってから声をかける方がいいんじゃないですか」
「防犯ブザーが鳴らないように鞄を細工するなんて簡単さ。だから直接声をかけた方が良い」
「もし間違っていたら、どうするつもりなんですか?」
「その時は、誠心誠意謝罪すればいい。それに、彼女が見たって言ってるんだから、間違いない。そうでしょ、大友さん」
「う、うす」
にやりと笑って大友さんを見た五十嵐さんは、やっぱり怖い。この先も若い子達から敬遠されるのは間違いないだろう。
けれど、お店には欠かすことができない大きな存在なのも間違いない。五十嵐さんは前に働いていたお店でも何度も経験しているから安心しろと付け加える。
僕らが話し込んでいると、犯人と思わしきスーツ姿の中年がこちらに近付いて来る。
もし別の商品を持ってレジの方にお会計に来てくれたら、さり気なくカバンを指差し「会計を忘れている商品がございませんか」なんて言えるかもしれない。
そして「ああ、ごめん。忘れていたよ」なんて言いながら何事もなく会計を済ましてくれれば。
なんて甘い願いは、すぐに踏み躙られた。
犯人はレジの間を堂々と通り過ぎ、何事もなかったかのように出口へと歩みを進める。その澄ました顔が脳裏に焼き付く。よくもまあ、そんな顔ができるな。腹の底から、熱いものが湧き上がる。
「お客様、ちょっといいですか?」
五十嵐さんがスーツ姿の中年に声をかける。極力周りのお客さんに気づかれないよう、最低限の配慮をしてながら。
次の瞬間、スーツ姿の中年は一目散に店外へと駆け出した。
大友さんの疑いは、確信へと変わる。駆け出したあいつは客ではなく、犯人。
深追いしても追いつかないと判断したのか、五十嵐さんは必要以上に犯人を追うことはしなかった。
懸命な判断だ。
僕らは顔をしっかりと覚えたし、きっとほかにも目撃者がいるだろう。出入り口にある監視カメラにはしっかり映っているため、顔も特定できるはずだ。
それに、犯人はもうこのお店には来ることはないだろう。コミック1冊が犠牲になったのは致し方ないが、一応は追い出すことに成功した。
「待てっ!」
……え?
目の前の状況を把握するのに、2、3秒ほどの時間が必要だった。
大友さんは弾かれたように、お店の外へと駆け出した。
「五十嵐さん!お店お願いします!」
僕は咄嗟に彼女を追う。
把握してからは早かった。考えるよりも先に身体が動いた。
「五十嵐さん、帰ったんじゃなかったんですか?」
「専門書の品出しも残ってたから終わらせといた。高倉くん、返品もやってたら大変でしょ」
「すみません」
わざわざ僕に気を遣って品出し作業を終わらせてくれていたらしい。少し言葉足らずなところがあるけれど、五十嵐さんは困っている人を決して放っておかない。
そうだ。ここに経験豊富なベテランがいるじゃないか。
「五十嵐さん、ちょっと良いですか」
周りにいるお客さんに聞こえないように事情を説明すると、五十嵐さんは「今、お店にいるの?」と、特に驚くこともせず僕らに訊いた。
「コミック売り場の方にいるスーツを着た人です。あたし見ました」
自らの興奮を必死に抑えながら、大友さんが売り場の方を指差す。
「絶対に見間違いじゃない?」
「絶対です」
「絶対の絶対?」
「う……」
念を押して訊かれたせいで、大友さんはさっきまでの勢いが段々と萎んでいく。自分の父親と同じくらいの人から怪訝な顔でじいっと見られると、さすがに怖いと思う。
「……ぜ、絶対……です!」
それでも、大友さんは目を逸さずに言い切った。
「わかった。その人がお店から出ようとしたところで、声をかける」
五十嵐さんは大きく頷き、大友さんに加勢することを宣言する。
「防犯タグが付いているはずだから、ブザーが鳴ってから声をかける方がいいんじゃないですか」
「防犯ブザーが鳴らないように鞄を細工するなんて簡単さ。だから直接声をかけた方が良い」
「もし間違っていたら、どうするつもりなんですか?」
「その時は、誠心誠意謝罪すればいい。それに、彼女が見たって言ってるんだから、間違いない。そうでしょ、大友さん」
「う、うす」
にやりと笑って大友さんを見た五十嵐さんは、やっぱり怖い。この先も若い子達から敬遠されるのは間違いないだろう。
けれど、お店には欠かすことができない大きな存在なのも間違いない。五十嵐さんは前に働いていたお店でも何度も経験しているから安心しろと付け加える。
僕らが話し込んでいると、犯人と思わしきスーツ姿の中年がこちらに近付いて来る。
もし別の商品を持ってレジの方にお会計に来てくれたら、さり気なくカバンを指差し「会計を忘れている商品がございませんか」なんて言えるかもしれない。
そして「ああ、ごめん。忘れていたよ」なんて言いながら何事もなく会計を済ましてくれれば。
なんて甘い願いは、すぐに踏み躙られた。
犯人はレジの間を堂々と通り過ぎ、何事もなかったかのように出口へと歩みを進める。その澄ました顔が脳裏に焼き付く。よくもまあ、そんな顔ができるな。腹の底から、熱いものが湧き上がる。
「お客様、ちょっといいですか?」
五十嵐さんがスーツ姿の中年に声をかける。極力周りのお客さんに気づかれないよう、最低限の配慮をしてながら。
次の瞬間、スーツ姿の中年は一目散に店外へと駆け出した。
大友さんの疑いは、確信へと変わる。駆け出したあいつは客ではなく、犯人。
深追いしても追いつかないと判断したのか、五十嵐さんは必要以上に犯人を追うことはしなかった。
懸命な判断だ。
僕らは顔をしっかりと覚えたし、きっとほかにも目撃者がいるだろう。出入り口にある監視カメラにはしっかり映っているため、顔も特定できるはずだ。
それに、犯人はもうこのお店には来ることはないだろう。コミック1冊が犠牲になったのは致し方ないが、一応は追い出すことに成功した。
「待てっ!」
……え?
目の前の状況を把握するのに、2、3秒ほどの時間が必要だった。
大友さんは弾かれたように、お店の外へと駆け出した。
「五十嵐さん!お店お願いします!」
僕は咄嗟に彼女を追う。
把握してからは早かった。考えるよりも先に身体が動いた。