返品作業をしていると、バックヤードの床に五十嵐さんの名札が落ちていた。
五十嵐さんがバックヤードを後にしてから、まだそんなに時間が経っていない。
「五十嵐さんって、もう帰ったかな?」
「さあ、見てないですけど、もう帰ったんじゃないですか」
あからさまに興味がないような返事をする大友さん。彼女はいつもこうだ。
「五十嵐さん、バックヤードに名札を落としてたんだ」
「あー。じゃあ日報に貼っておけばいいんじゃないですか」
大友さんは面倒臭そうに僕の方には視線を一切向けずに言った。
どこか上の空といった感じが妙に気になる。彼女はそこまで無愛想ではなかったはずだ。
とりあえず大友さんがいるレジの後ろの棚にある日報に名札を貼り付けておく。こうしておけば、必ず明日早番で出勤してきた五十嵐さんのもとへと帰っていくだろう。
五十嵐さんの名札を日報に貼り付け終えて大友さんの方を向くと、彼女は一変、鋭い視線を一転に集中していた。
「どうしたの?」
「しっ……」
大友さんは間髪入れずに僕の口を押さえようとした。反射的にそれを避けるが、彼女はしつこく僕の口を塞ぎにかかる。尚も大友さんの視線は一点に集中している。
「あの人、さっきカバンの中にコミックを入れました」
「え……?」
素っ気ない態度をとっていたように見えたのは、ずっと怪しいお客さんから目を離さないようにしていたからだった。そして万引き犯がまさに犯行をしている最中を、しっかりその目で捉えたらしい。
できるだけ周囲のお客さんに異変を感じさせないため、大友さんは顎で視線を指した。けれどそこには誰もいない。
「向こうに隠れました。少年コミック売り場の隣」
「どんな人?」
「サラリーマンっぽいスーツを着てます」
高まった緊張感が、大友さんの声を震わせる。
「見てくる」
僕は棚にある商品整理をしているふりをしながら、コミック売り場の方へと向かう。
いた。
スーツを着た中年の男が、売り場でコミックを物色していた。手には革製のハンドバックを持っている。あれに入れたのだろうか。
どうする。
確認する術はない。
大友さんを疑っているわけではない。
が、疑いの目を向けてお客さんに声をかけるわけにもいかない。
もしそれが間違いであったら、クレームどころじゃ済まない。訴えられても文句は言えない。
「売り場にいたよ。防犯カメラには映ってるかもしれない。確認してみるから、ちょっと待ってて」
「犯人逃げちゃいますよ。それに、あそこはカメラの死角になってるので、多分映ってないです」
既に「お客さん」ではなく「犯人」と言いきっているのは、確信しているからだろうか。それか大友さんは血が滾っているからか。
「でも、わざわざレジから見えるところで盗るかな」
日頃の彼女の言動を目の当たりにしていると、どうしても慎重にならざるを得ない。
「犯人は事前にカメラの位置を調べてるかもしれませんよ」
放っておくと、今にもあのサラリーマンに飛び付いてしまいそうなくらい鼻息が荒くなっている。なんとか彼女の手綱を握っておかなければいけない。
「コミックなら防犯タグが付いてるから、お店を出た瞬間防犯ブザーが鳴るんじゃないかな。それまで待とう」
「でも、防犯タグを外されてたらどうするんですか?」
「それは……」
こういう時に限って大友さんの頭はキレッキレに働く。おそらく僕がどう答えても、彼女はifを言い続けるだろう。
「どうした?」
答えに窮していると、突然背後から声がした。
振り向くと、そこには帰ったはずの五十嵐さんがいた。
五十嵐さんがバックヤードを後にしてから、まだそんなに時間が経っていない。
「五十嵐さんって、もう帰ったかな?」
「さあ、見てないですけど、もう帰ったんじゃないですか」
あからさまに興味がないような返事をする大友さん。彼女はいつもこうだ。
「五十嵐さん、バックヤードに名札を落としてたんだ」
「あー。じゃあ日報に貼っておけばいいんじゃないですか」
大友さんは面倒臭そうに僕の方には視線を一切向けずに言った。
どこか上の空といった感じが妙に気になる。彼女はそこまで無愛想ではなかったはずだ。
とりあえず大友さんがいるレジの後ろの棚にある日報に名札を貼り付けておく。こうしておけば、必ず明日早番で出勤してきた五十嵐さんのもとへと帰っていくだろう。
五十嵐さんの名札を日報に貼り付け終えて大友さんの方を向くと、彼女は一変、鋭い視線を一転に集中していた。
「どうしたの?」
「しっ……」
大友さんは間髪入れずに僕の口を押さえようとした。反射的にそれを避けるが、彼女はしつこく僕の口を塞ぎにかかる。尚も大友さんの視線は一点に集中している。
「あの人、さっきカバンの中にコミックを入れました」
「え……?」
素っ気ない態度をとっていたように見えたのは、ずっと怪しいお客さんから目を離さないようにしていたからだった。そして万引き犯がまさに犯行をしている最中を、しっかりその目で捉えたらしい。
できるだけ周囲のお客さんに異変を感じさせないため、大友さんは顎で視線を指した。けれどそこには誰もいない。
「向こうに隠れました。少年コミック売り場の隣」
「どんな人?」
「サラリーマンっぽいスーツを着てます」
高まった緊張感が、大友さんの声を震わせる。
「見てくる」
僕は棚にある商品整理をしているふりをしながら、コミック売り場の方へと向かう。
いた。
スーツを着た中年の男が、売り場でコミックを物色していた。手には革製のハンドバックを持っている。あれに入れたのだろうか。
どうする。
確認する術はない。
大友さんを疑っているわけではない。
が、疑いの目を向けてお客さんに声をかけるわけにもいかない。
もしそれが間違いであったら、クレームどころじゃ済まない。訴えられても文句は言えない。
「売り場にいたよ。防犯カメラには映ってるかもしれない。確認してみるから、ちょっと待ってて」
「犯人逃げちゃいますよ。それに、あそこはカメラの死角になってるので、多分映ってないです」
既に「お客さん」ではなく「犯人」と言いきっているのは、確信しているからだろうか。それか大友さんは血が滾っているからか。
「でも、わざわざレジから見えるところで盗るかな」
日頃の彼女の言動を目の当たりにしていると、どうしても慎重にならざるを得ない。
「犯人は事前にカメラの位置を調べてるかもしれませんよ」
放っておくと、今にもあのサラリーマンに飛び付いてしまいそうなくらい鼻息が荒くなっている。なんとか彼女の手綱を握っておかなければいけない。
「コミックなら防犯タグが付いてるから、お店を出た瞬間防犯ブザーが鳴るんじゃないかな。それまで待とう」
「でも、防犯タグを外されてたらどうするんですか?」
「それは……」
こういう時に限って大友さんの頭はキレッキレに働く。おそらく僕がどう答えても、彼女はifを言い続けるだろう。
「どうした?」
答えに窮していると、突然背後から声がした。
振り向くと、そこには帰ったはずの五十嵐さんがいた。