会社を辞めた理由は1つではない。細かい違和感の積み重ねがそうさせたと思っている。
職場で何度も吐き気に襲われていたとか、朝起きると急に涙が出るようになったとか、そういう理由で会社に来なくなったという話はどこかで聞いたことがあったが、そういう理由ではない。身体の反応を押し殺しながら出社していたことは何度かあったけれど。
就職先の大手工作機メーカーは給料も良かったし、社員を護るための”組合”も設置されている大きな会社だった。
表上は残業時間や週休2日制がきっちり守られている数少ないホワイト企業という体だったが、実際は違った。
隣の部署の班長と女性社員が不倫をしているとか、精神疾患を患って数年単位で欠勤している幽霊社員がいるとか、組合に見つからないようにタイムカードを通してから無給で残業する暗黙のルールになっているとか、会社に馴染むほど汚い部分を知ることになり、その度、僕の違和感は身体の中に蓄積されていった。
入社時は意気込んで仕事に勤しむ同期が大半だったが、一方で研修から姿を消す奴も少なくなかった。そんな奴らを総務の研修担当者は容赦なく蔑み、残った者は無意味に結束力を高めた。それが気持ち悪いと感じたのが、最初の違和感。
厳しい研修期間が終わると、僕らはそれぞれの部署へと配属された。
現場の人間は創業者の哲学のおかげで立場だけはよかった。
現場主義が謳われる職場。加えて団塊の世代が退職し、人手不足が功を奏したのか、現場に配属された僕達新人に対する風当たりは悪くなかった。というか、異常なまでに強かった。
経費を節約するよう経理から注意を受けても、現場の人間は良い製品を作るには良い道具や環境を用意してからという創業者の哲学を逆手に利用し、無駄に高いブランド物の工具を不必要に発注する。納入された艶やかに光沢を放つレンチは、1ヶ月も経たないうちに姿を消すこともあった。
ある日ロッカーで着替えていると、隣にいたベテラン社員が扉を開けた瞬間、見覚えのある工具が落下したことがある。コンクリートの床に落下した瞬間、鋭い金属音がロッカーに響き渡ったが、それを聞いた人間は誰一人として振り向くことはしなかった。
これが2つ目の違和感だった。
1年を過ぎた頃、僕は次第に違和感を感じなくなった。が、それと同時に職場の暑さや寒さ、食堂で食べる昼食の味さえも消えていった。
職場で何度も吐き気に襲われていたとか、朝起きると急に涙が出るようになったとか、そういう理由で会社に来なくなったという話はどこかで聞いたことがあったが、そういう理由ではない。身体の反応を押し殺しながら出社していたことは何度かあったけれど。
就職先の大手工作機メーカーは給料も良かったし、社員を護るための”組合”も設置されている大きな会社だった。
表上は残業時間や週休2日制がきっちり守られている数少ないホワイト企業という体だったが、実際は違った。
隣の部署の班長と女性社員が不倫をしているとか、精神疾患を患って数年単位で欠勤している幽霊社員がいるとか、組合に見つからないようにタイムカードを通してから無給で残業する暗黙のルールになっているとか、会社に馴染むほど汚い部分を知ることになり、その度、僕の違和感は身体の中に蓄積されていった。
入社時は意気込んで仕事に勤しむ同期が大半だったが、一方で研修から姿を消す奴も少なくなかった。そんな奴らを総務の研修担当者は容赦なく蔑み、残った者は無意味に結束力を高めた。それが気持ち悪いと感じたのが、最初の違和感。
厳しい研修期間が終わると、僕らはそれぞれの部署へと配属された。
現場の人間は創業者の哲学のおかげで立場だけはよかった。
現場主義が謳われる職場。加えて団塊の世代が退職し、人手不足が功を奏したのか、現場に配属された僕達新人に対する風当たりは悪くなかった。というか、異常なまでに強かった。
経費を節約するよう経理から注意を受けても、現場の人間は良い製品を作るには良い道具や環境を用意してからという創業者の哲学を逆手に利用し、無駄に高いブランド物の工具を不必要に発注する。納入された艶やかに光沢を放つレンチは、1ヶ月も経たないうちに姿を消すこともあった。
ある日ロッカーで着替えていると、隣にいたベテラン社員が扉を開けた瞬間、見覚えのある工具が落下したことがある。コンクリートの床に落下した瞬間、鋭い金属音がロッカーに響き渡ったが、それを聞いた人間は誰一人として振り向くことはしなかった。
これが2つ目の違和感だった。
1年を過ぎた頃、僕は次第に違和感を感じなくなった。が、それと同時に職場の暑さや寒さ、食堂で食べる昼食の味さえも消えていった。