まさかそう返されるとは思わなかったのだろう。
弟くんはひゅっと息を呑み、わかりやすく狼狽えた。
その様子がなんとも幼くて、ああやっぱりまだ中学生なんだな、と思う。
子どもらしくない大人びた雰囲気を纏っていても、大人にならなくてはならない状況で成長していたとしても、やっぱりまだこの子は子どもなのだ。
「病名が発覚して入院して……そうだな。たしか、だいたい半年ちょっとで亡くなったんだけど。俺はね、母の葬式まで母が癌だったことを知らなかったんだ」
「……え?」
「教えられなかったんだよ。癌ってことも、余命のことも」
鈴とそっくりの瞳がひどく震えるのを見つめながら、当時のことを思い出す。
「母には少し体調が悪いから入院するけど、ちゃんと帰ってくるからって言われてさ。家族だってなにも言わなかったし、俺はその言葉を鵜呑みにしたんだよね。帰ってくると信じて疑わなかった。……けど」
結局、母さんは帰ってこなかった。
まだ子どもだから。余命宣告を受けたと知ったらショックを受けるから。
そんな余計な配慮から、俺はまともにお別れもできないまま、母さんは最期を迎えてしまったのだ。
父も、兄たちも知っていたのに、俺だけが隠されていた。
葬式でもう二度と目を覚まさない母親を前にして、俺がどれほどこの世界への信用をなくしたか、あの人たちは今でも考えたことすらないのだろうけれど。
「……ねえ、弟くん。人はね、誰しも必ず死ぬんだ」
だからこそ、俺はあのとき思ったのだ。
「鈴の未来は、たしかに逃れられないものなのかもしれない。けど俺だって、弟くんだって、いつ死ぬかなんてわからないんだよ。だったら手遅れになる前に、手が届かなくなる前に、向き合っておかないといけないって、俺はそう思う」
もう二度とあんな思いはしたくない。
死んでしまったら、もうなにもかも遅いのだ。
いくら後悔を募らせたって取り戻せない。もう二度と戻ってはこない。
ありがとうも、ごめんなさいも、たったの一言すらも伝えられなくなる。
それがいちばん、残酷だ。
「死を受け入れるって、君はさっき言ったね。けど、そんなの無理。現に俺は六年経つ今も、母さんの死を受け入れられていないから」
「……だっ、て、じゃあ、他にどうしたら……っ」
「さあね。それはわからないけど、わからないなりに考えた結果が、今だ」