「ちょっと、話したいんだけど」

「……俺と?」

「他に誰がいるんだよ。あんたとに決まってんだろ」

 まあそりゃあ、たしかに。
 つかつかと俺の方に歩いてきた弟くんは、そのまま俺の横を通り過ぎて歩いていく。
 彼の足が向く先には、面会者用のフリースペースがあった。
 なるほど、あそこで話すつもりらしい。話の内容は予測もつかないが。
 疑問を浮かべながら付いていくと、彼は向かいあわせのソファに座って待っていた。
 俺がすごすごと向かい側に座れば、ドン、と花瓶を間に挟んだ机の上に置かれる。
 超絶不機嫌だ。もしや俺は、これから怒られるのだろうか。

「あんた、姉ちゃんと付き合ってるんだろ」

 そして開口いちばん、弟くんは突き放すような口調で言った。あれ怒られない、と拍子抜けしながらも、視線の置き場を探しながら首肯する。

「付き合ってる、けど」

 鈴が弟には話したと言っていた。
 だから知っているのだろうが、それにしては声音があまりにも不穏だ。俺はどういう反応をするべきなのか迷いつつ、ひとまず様子を窺うことにした。
 弟くんはしばし黙り込んだかと思うと、はあ、と深いため息を吐き出した。

「……あんま口出しはしたくないんだけどさ。姉ちゃんには、幸せならいいんじゃないって言っちまったし。でも、やっぱ気になるから聞きたい」

「ん、なに」

「あんた、そういう覚悟はあんの?」

 そういう、とは。やは、り鈴の『余命』についての話だろうか。

「おれは……おれたち家族はさ。この五年、ずっと覚悟を積み重ねてきたんだ。姉ちゃんとは比べものにならないと思うけど、それでも覚悟してきたんだ。姉ちゃんが死ぬってことを、ずっと心に留めて、受け入れられるように努力してきたんだよ」

「受け入れる? 死、を?」

「そうだよ。いついなくなってもおかしくないからこそ、一緒にいられる時間の限りを尽くして姉ちゃんを一秒でも長く感じておこうって。覚悟ってそういうもんだろ」

「そう……なの、かな」

 どんな手を尽くしても逃れようのない、定められた未来だからこそ、なのか。
 彼のなかの覚悟が、はたしてどんなものを指すのかがわからない以上、俺は現在進行形でその答えを持っていない。
 だから、そういうものだろと言われれば、うなずくしか選択肢がなかった。