さきほどよりも明らかに顔色の悪い鈴の頬をおそるおそる撫でながら、俺は「そんなことない」と語気を強めて言い募った。

「鈴は頑張ってるよ。情けないとかありえないから」

 少し困ったように微笑んで、鈴はぐりぐりと俺の片口に額を押しつけてくる。

「ユイ先輩も、頑張ってますよ」

「っ……俺、は」

「そんな先輩に、私はこれ以上頑張れって言うことはできないですけど……先輩が頑張ってることは、きっとみんなわかってます。先輩が思っているよりもずっと、先輩のことを想っている人はたくさんいますからね」

 そう告げるや否や、顔を上げて俺の手を取った鈴が、ちゅ、と指先に軽く口付けた。
 びくりと肩を震わせた俺に、鈴は赤面しながらはにかむ。

「……まあ私がいちばん、大好きなんですけど」



 鈴をベッドに寝かせていたら、タイミングがよいのか悪いのか、鈴の弟くんがお見舞いにやってきた。弟くんは、俺を見てあからさまにげんなりしたような顔をする。

「またいんのか、あんた」

「うん。でも、もう帰るよ。今、散歩から帰ってきたところ」

 さきほどのおかしな鈴の様子は気になったが、幸いにも体は少し疲れただけのようだった。
 ベッドに横になったおかげか、目がとろんとしている鈴を撫でながら言う。

「……あっ、そ。まあなんでもいいけど」

「じゃあまたね、鈴」

「はい。先輩、今日はありがとうございました」

「ゆっくり休んで」

 病室を後にした俺は、そのまま通い慣れた小児科の病棟を歩く。
 鈴は個室だが、全体的には大部屋が多い。
 比較的元気なように見える子もいれば、やはり具合がよくなさそうな子もいる。自分よりもずっと小さな子どもたちが闘病している姿を見るのはもちろん初めてで、そんな現実だけはどうも慣れる気がしなかった。

 けれど、不思議と、ここは笑顔が多いように思う。
 入院している子どもたちはよく笑う。笑っている。鈴と似た笑顔で。
 その笑顔を見ていると、なぜか絵を描けなくなる。俺がこれまで描いていた絵がいったいどんなものだったのか思い出せなくなる。光に当てられる、というか。

「おい」

 ふいに背後からかけられた声に、俺は驚きながら振り返った。
 弟くんがいた。手には花瓶を持っている。その顔はいつにも増して不機嫌そうな仏頂面だが、真っ直ぐにこちらを見据えてくる辺り、俺になにか用があるのだろうか。