「生きてくださいね」

 シン、と。葉擦れの音すら鮮明に聞こえるほどの静寂が落ちる。

 え、と、声が返せたのかすらわからなかった。

 鈴は微笑んでいた。ただただ、いつも通りに。けれど、その表情は今にも泣きそうで、ようやく我に返った俺は弾かれるように地面を蹴って駆け寄った。

「っ、鈴? いきなり、どうしたの」

「先輩は優しい人です。本当に、心の底から。だからこそ、きっといろいろなことを考えて……私の理解が追いつかないところまで考え尽くして、ひとりで背負い込んでしまうんでしょうけど。──でもね。だけどね、先輩」

 不意に鈴が立ち上がり、大きく背伸びをして俺のことを抱き寄せた。
 身体が前方に傾くのを感じながら、頬に鈴の髪の感触を覚える。呼吸だけでなく心拍すらも止まりそうになって、俺は石化の魔法をかけられたかのごとく硬まった。

「私は、ユイ先輩が生きているこの世界が大好きなんです」

「……す、ず」

「先輩が描く世界、先輩が映す世界が大好きです。一緒に過ごす時間の幸せは私にとってかけがえのないものですけど、たとえ一緒に過ごしていなくても、先輩はいつだって私の生きる道標だったんですよ」

 ああなんで、と俺はきつく眉をひそめながら睫毛を伏せた。
 俺のことを好きで、大事に思ってくれているのは伝わってくる。
 だというのに、希望は。希望だけは、与えてくれない。付き合っているのに、一緒にいるのに、鈴ははっきりとこのさきにある別れを確信しているのだ。
 手を取ってもなお、届かない。この手が砂のように消えてしまうなんて耐えられないと、心が壊れそうなほどそう思うのに、鈴はその現実を避けさせてはくれない。

「ユイ先輩は人形なんかじゃありません。たとえ先輩の世界が灰色でも、ちゃんとこの世界に生きている人間です。私を好きだと言ってくれる、誰よりも温かい人です。私はそんな先輩に生きてほしい。なによりも、それが望みなんです」

 鈴がゆっくりと離れる。そのまま崩れ落ちるようにガクッと力が抜けた鈴を、なけなしの反射神経で慌てて支えた。ぐるぐるしていた思考が一気に吹き飛ぶ。

「っ、鈴……!?」

「あはは、すみません。こんなちょっとしか立ってられないなんて情けないですね」

 脱力した鈴をゆっくりと車椅子に座らせて、俺はその場にしゃがみこむ。