そういう衝動を、鈴は強烈に、鮮烈に、容赦なくぶつけてくる。

「ああでも、なんでかな。同じような場所でも、やっぱり私は学校の屋上庭園の方が好きかもしれないです」

「そうなの?」

「はい。たぶん、ユイ先輩がいるって思えるからですかね」

 そこに俺が出てくるのか。またも予想外の言葉に不意を突かれながら、俺は鈴につられるように空を見上げた。真昼の陽光が眩しくて、俺は手のひらで視界を遮る。

「屋上に行く道も、着いてからも、先輩と絵を描いているときも。だから私ね、学校にいる間、すごく幸せなんです。一日の間でいちばん好きな時間。毎日毎日、その時間が来るのを心待ちにして過ごすんですよ」

「っ……そんなに? 俺イコール屋上庭園なの?」

「あはは、そうかも。先輩と会いたかったら屋上庭園に行けばいい、みたいなのありましたもん。でも……そうか。これって結局、屋上じゃなくてユイ先輩が好きってことですね。灯台下暗しって感じ」

 くすくすと鈴がはにかむように笑う。
 本当に幸せそうに話すから、俺までつられて多幸感に包まれた。俺なんかと一緒にいてなにがそんなに楽しいのかと思うけれど、鈴の言葉に嘘がないのは明白だった。

「屋上庭園じゃなくたって、君が呼んだら俺はどこでも駆けつけるのに」

「え、そんなこと言っちゃうんですか。先輩ちょっとイケメンすぎますよ」

「──? 普通、でしょ。好きな子相手なら」

 鈴といると、いつも心が穏やかだ。
 一緒にいればいるだけ、俺の世界が鮮やかに染められていく。
 鈴の周りだけは、どんなときも眩しいくらいに色付いて見えるのだ。
 だから、俺はなかなかそんな鈴を直視できない。
 モノクロに慣れた目が、彼女の輝きに負けて溶け落ちてしまいそうになる。

 でも、それでも、見ないわけにはいかないのだ。残された時間を考えると、一分一秒、刹那たりとも無駄にしたくはない。

 もっと早く、自分の気持ちに気づいていれば。
 もっと早く、鈴の気持ちに向き合っていれば。

 そんな『たられば』を思ったところで仕方ないとわかっているはずなのに、どうしても考えずにはいられない。どれだけ平然と振舞っていても、俺の弱い部分は着実に綻んでいく。まるで、ぼろぼろと乾いた灰屑が、奈落の底に落ちていくみたいに。

「ユイ先輩」

 唐突に、鈴のよく通る綺麗な声が滑るように空気を流れて、俺の耳を突き抜けた。