「今度は、俺の番だからね」

 悩ませたくはない、と思う。
 だが、俺と鈴が今こうして共に過ごしている時間は、溢れんばかりの幸せと裏返しに『死』という名の絶望が待ち構えている。
 だからこそ鈴は、きっと葛藤しているのだ。
 優しいから。
 鈴はとても優しい子だから、残される側の俺をずっと心配している。

 ──……ならばいっそ。

 そう思ってしまうのは、そんなに悪いことなのだろうか。



 屋上に行きたいという鈴を連れて、エレベーターで最上階へ上がった。この大学病院の屋上には、小さいながらも天井が吹き抜けになっている植物園がある。
 入院患者に向けたせめてもの憩いの場として作られただろうそこは、残念ながら人気がまったくない。さほど手入れも行き届いていないのか、植えられている植物も伸び放題で、植物園というより一種のジャングルじみていた。
 一方で、どことなく学校の屋上庭園に似た雰囲気を感じて辺りを見回していれば、ひとり車椅子を動かして、鈴はすいすいと植物園を進んでいく。

「私ね、先輩。ここ好きなんです。空にすごく近い気がして」

 アザミの花が咲き綻ぶ前まで辿り着くと、鈴は器用に車椅子を反転させてこちらを向いた。

「学校の屋上庭園もそうですけど、ほんの少しだけ高い場所にいるだけなのに、すごく天に近づいた気がするんですよね。なんだか不思議だと思いません?」

 色とりどりの植物に囲まれた鈴が、まるでそこから抜け出すように空に向かって手を伸ばす。高く高く、どこまでも遠いなにかを掴むように。

「っ……」

 天上から吹き込んできた柔らかな風が、さらさらと鈴の長い髪の毛を攫った。
 それが、あまりに目を惹いた。俺は知らず知らずのうちに息を呑む。

 ──綺麗なのは、どっちだ。

 以前、なんの突拍子もなく鈴から言われた言葉が頭を過ぎった。あのときはなにを急に、と驚いたものだが、もしかしたら鈴もこんな感じだったのかもしれない。
 突然、前触れもなく降り注いでくる邂逅のように。

「不思議、ね。本当に俺もそう思うよ」

 あの屋上庭園で自由に絵を描いている鈴の姿も好きだった。
 けれど、本当にこの子は空が似合う。
 いや、正確には空の色が似合う。霞みがかった朝の青空も、昼間の膨れ切った入道雲の白も、夕暮れ時の橙も、夜闇の色も。不思議と鈴は、そのすべてが似合う。
 描きたい、と思わせられる。