鈴が入院しているのは小児科だ。曰く、子どもの頃からここに罹っているから、高校生になった今でも入院病棟は変わらず小児科のままらしい。
 長年罹っていることもあり、鈴は顔見知りの子どもたちも多いようだった。

「いいなあ、あたしも行きたーい」

「ふふん、看護師さんに頼みましょう」

「ずるーい! かっこいい彼氏ずるいー!」

「ふふん、いいでしょ~? 先輩はあげませんよーだ」

 さすが子どもの相手が上手いな、と素直に感心する。
 さらりと放たれた『あげない』という言葉が、まるで私のものだと言われている気がして無性に嬉しくなった。俺も大概、この子に惚れ込んでいるらしい。

「じゃあ行ってくるね。みんなも楽しんで」

「はぁい。デート楽しんでね、鈴ちゃん」

「でっ……もう! 大人をからかわないの!」

 デート、という言葉に、瞬く間に鈴の顔が真っ赤に染まった。
 たしかに見様によってはデートだ。ふたりきりで散歩、というのも悪くはない。
 あどけない子どもの口車に難なく乗せられて気分が高揚する。きっと今の場面を隼が目撃していたら単純馬鹿だと詰られるのだろうが、それがどうした。

「ねえ、鈴」

 車椅子を押しながら名前を呼べば、鈴は覆った指の隙間からこちらを見上げてくる。

「なかなか的を射たことを言ってくる子たちだね」

「ませてるんですよ、最近の子は」

 出会い頭に告白してくる謎の度胸はあるくせに、なかなかどうしてそういうところは恥ずかしいのか。やっぱり、鈴はときどき不思議だ。
 好きという気持ちは少しも隠さず伝えてくるのに、いざ自分が言われたら照れる。
 少しでもカップルらしいことをすると、すぐにキャパオーバーを起こす。これまでもさんざんふたりきりの場面はあったのに、こんな一面を俺は知らなかった。

「まあ、俺は嬉しいよ。鈴とのデート」

「せ、先輩まで……」

「鈴と一緒にいられるなら、どこだって楽しいからね」

 そう言うと、鈴は一瞬だけ戸惑ったように押し黙った。しかしすぐに首だけこちらを振り返って、拗ねたようにぷくっと頬を膨らませる。

「ユイ先輩。最近、私のセリフ取りすぎじゃないですか?」

「なにそれ」

「ずーっと、私が伝える側だったのにー」

 声音こそ軽いものの、雨空に似た色をしっとりと滲ませた瞳はひどく切なげに見えた。それに気づかないふりをして、俺は前を向きながら小さく笑ってみせる。