鈴と出逢うまでは他人とそんな話をすることもなかったけれど、いざこうしてみれば意外と視野が広がるのだ。どこまでも、果てしなく。
 俺が思いもしなかったようなことを鈴は考えていたりするから、面白い。

「刺さったものってね、厄介なことに一生抜けないんですよ。裂傷と同じです。いつまでもいつまでも胸に刺さってる。だから、忘れない。もうここまでくると奇跡みたいなものですね、そういう絵と出逢うのは」

「ふうん。全部はわからないけど……まあ、感覚的なものだしね。描くも、見るも」

 俺はそもそも、他人の絵をあまり見たことがないのだけれど。
 だからといって自分の絵が特別代えがたいほど好きというわけではなく、ただ人の絵を見てなにかを評価しようという概念がないだけだ。
 それは俺の役割じゃないし、見たいと思ったことすらなかった。

「先輩もいつか、そういう絵に出逢えるといいですね」

「……うん。鈴はもう出逢ってるの?」

「えぇ、今さらですか? 私にとっての運命の出逢いは、ぜーんぶ先輩ですってば」

 運命の出逢い、とは。
 言葉の意味を図りかねていると、鈴はおかしそうにころころと笑った。

「ユイ先輩。今日はお天気もよいですし、お散歩に連れて行ってくれませんか?」

「散歩? いいけど……怒られない?」

「むしろちょっと外に出るよう言われてるんです。ずっと引きこもってたら、それこそ退化していきますから。適度なお日様は身体にいいんですよ」

 なるほど、と素直に納得する。
 人間は太陽光を浴びないと生きられない存在だと、どこかで聞いたことがある。
 引きこもりだと思われがちな俺も、実際は毎日のように屋上庭園で外気に当たっているし、あながち嘘ではないのかもしれない。一向に日焼けしないのは体質だ。

「車椅子はそれ使っていいの?」

 部屋の隅に畳んで置いてあった車椅子を指さすと、鈴がわくわくした表情でうなずいた。どうやら今日は本当に体調がいいらしい。
 よかった、とひとり胸を撫でおろす。
 車椅子を開いて座部分を整えてから、ストッパーをかける。内側に折れたままの足置き場を戻しながら、ベッドの端にぴったりと付けるように寄せた。
 これができるようになったのは、鈴が車椅子に乗るようになってからだ。車椅子がこんなふうにコンパクトに畳まることも、意外と重量があることも知らなかった。