あれだけ好きだと伝えておいて、これだけ俺を好きにさせておいて、俺が病気のことを知っただけで距離を置こうとした。あのとき、なかば強引にでも引き留めていなければ、きっと鈴はもう今ごろ俺の前から消えていたんだろう。
 でも、俺は、知っている。
 そうして置いた距離は、後々、拭いきれない後悔として心を蝕んでいくことを。
 だから、絶対に譲らない。譲るわけにはいかない。
 誰になにを言われても。それがたとえ、鈴からの願いだとしても。

 ──俺は、二度と同じ過ちを犯すわけにはいかないのだ。

「……もう、母さんのときみたいに騙されない。後悔もしない。もうあの頃みたいな、なにもわからない子どもじゃないから。頼むからほっといてよ」

「結生……でも、そんな」

「俺の世界を変えてくれたのは、鈴なんだ。鈴がそばにいなくちゃ、俺は……」
 ぐっと込み上げた言葉を飲み下して、俺は鋭くハル兄を睨みつけた。

「干渉してこないで。俺はいつだって、自分が正しいと思ったことをやってる」

 ひどく悲痛な顔をして押し黙るハル兄に、くるりと背を向ける。
 こうなることがわかっていたから、兄には会いたくなかった。俺と同じように母親を失った経験のある兄は、とくにハル兄は、間違いなく今の俺を心配するから。
 けれど、間違ったことをしているとは思わない。
 俺はたとえ本当に灰になって朽ちてしまっても、鈴のそばにいる。
 それが後悔しない道だと、心の底から信じているのだ。



 病室に入ると、鈴はパッと弾かれるように顔を上げた。俺の顔を見た瞬間、まるで蕾が花開くように表情を綻ばせて「先輩!」と嬉しそうに笑った。
 そんな姿に胸の端っこをくすぐられながら、俺は鈴のベッドへ歩み寄った。

「また着替えたの?」

「だ、だって先輩が来るって言うから……」

「いいって言ってるのに」

 鈴がラフな私服を着ているのを見て、俺はしゅんと眉尻を下げる。
 どうもパジャマ姿を見られるのが嫌らしい。入院しているのだから当たり前なのでは、と思うのに、俺が来るときは大抵ちゃんとした格好をしている。

「好きな人の前ではきれいでいたいっていう乙女心なんですよ」

「俺はどんな鈴でも好きだよ」

「っ、それは嬉しいですけど……そういうことじゃなくて」

 うううぅ、と鈴が顔を赤らめながら呻く。