「っ……先輩」

 ユイ先輩の言葉はやけに力強く、ともすればらしくないほど頼りがいがあるものなのに、どこか危うげに感じられた。
 目を離したら消えてしまいそうな儚さを孕んでいるのは相変わらずだけれど、そのさきには言いようのない仄暗さを纏っているようにも見える。
 怖い、と思うのはどうしてか。

 ──……ああそうか、と私はようやく気づく。

 私がユイ先輩に病気のことを打ち明けられなかったのは、他でもなく、そこに一抹の恐怖を覚えていたからだと。
 いずれやってくるそのとき、先輩が私と一緒に消えてしまいそうで。
 命の灯を消したクラゲのように溶けて消えてしまいそうで。
 私はそんな先輩を道連れにしてしまいそうで、とても恐ろしかったのだ。



「……あ、愁」

 最寄り駅まで帰り着くと、そこに電信柱に寄りかかる弟を見つけた。事前に帰ることを連絡していたとはいえ、なんと姉思いな弟だろうか。
 まだ夕方とも取れない時間帯だ。駅周辺も朝より人の数が飽和しており、当然、愁もなかなかこちらに気づく様子はない。
 声をかければいいのだろうけど、正直、愁とは顔を合わせづらかった。
 出かけにあんなことを宣言してしまったのに、まさかユイ先輩と恋人になって帰ってくるなんて自分でも驚くほかない。想定外も甚だしい。

「行くよ、鈴」

 言い訳を必死に思案していると、見かねたらしいユイ先輩に手を引かれた。
 ユイ先輩の声に気づき、弾かれるように顔を上げた愁。私の顔を見た瞬間、その顔に心底ほっとしたような表情が浮かんだ。ツクリ、と胸の芯が軋む。

「おかえり、姉ちゃん」

 ぽつぽつといじっていたスマホを仕舞いがてら、愁が駆けてくる。私の頭の先から足の先までじっくり観察するように視線を走らされて、さすがに面食らった。

「体調、大丈夫?」

「う、うん。なんともないよ。途中で体調悪くなることもなかったし」

「そ。ならよかった」

 素っ気ない返事にしては、あからさまな安堵を滲ませた声音。
 この様子では、今日一日、本当に気を揉ませてしまっていたのだろう。
 愁は昔から、心配性と過保護の度合いが強い傾向にある。ややもすれば両親より私の世話を焼きたがる節があり、自身の貴重な時間すら私に回してしまうことも多い。
 まだ中学生。遊びたい盛りだろうに、愁はいつだって姉を優先するのだ。

「弟くん」