ユイ先輩が私の名前を覚えていたことに驚いて、先輩のその口が私の名前を紡いだことに驚いて、ずるい、と喉の奥から震え切った声が漏れる。
「それでも俺は、鈴が好きだよ」
「ユイ、せんぱ……」
「知ってしまった以上は、今まで通りとはいかないけど。俺はきっと自然と鈴を甘やかしちゃうし。そばにいるからには、より大事にしたいと思うから」
でもね、と。
いつもよりワントーン低い声を落としたユイ先輩は、私をそっと抱き寄せた。
「……怖がらないでいい。傷つけるとか、そんなことを君が考える必要ないから。好きな子と一緒にいられるなら、未来のことなんて今はどうでもいいんだよ」
「な、んで……そんな……」
残酷だと言ったのに、聞いていなかったのか。
別れる未来が決まっている。傷つく運命が定められている。
そんな双方ともに逃げ場のない状態で、それでもなお一緒にいる道を選ぶ?
そんな綺麗事、私は望んでいない。
残していく側も残される側も、きっと、いちばんつらく痛い思いをする道だ。
だけど、もしかしたら。もしかしたら『幸せ』はあるのかもしれない。はかりしれない痛みを引き換えにして、かけがえのない思い出は作れるのかもしれない。
贈り物か、呪いか。
さきほどのユイ先輩の言葉が、不意に頭をよぎる。
「そこまでして私と一緒にいたいなんて、先輩やっぱり変ですよ……っ」
「知ってる。でも、いいんだよ。俺の世界を変えてくれた鈴に、俺は自分のでき得る限りのことをしてあげたいだけだから。それが、俺の望みで願いだから」
ユイ先輩はゆっくりと体を引いて私を見下ろし、切なげな目元を和らげる。
そして、こてん、と首を傾げた。
「鈴。──鈴は、俺が好き?」
「……好き、です。……これまでもずっと、これからもずっと、好きです」
「そっか。なら、今から鈴は俺の彼女ね」
突拍子もなく宣言された言葉に、私は「えっ!?」と大いに狼狽える。
かと思ったら、次の瞬間、先輩は私の額に掠めるような口付けを落としてきた。
「ひ、えっ……へぁっ……!?」
「うん。俺が切った前髪、いいデザインだよね。キスしやすくて」
「そっ、ういう目的だったんですか!?」
いや? と、ユイ先輩はくすりといたずらに笑った。
さらさらと凪ぐ白銀の下。いつになく強い意思の籠った先輩の瞳が私をなぞる。
「大丈夫。一緒にいよう、鈴」