「さっきの君の言葉を借りるけど、たとえどんな病気を患っていようが小鳥遊さんは小鳥遊さんでしょ。変わりようがなく。そして、君は今、生きてる。生きて、俺の前にいる。なのに、どうして離れなきゃいけないの」
「っ、でも、私は……」
そう遠くない未来で、この世界からいなくなってしまうのに。
「──……臆病だね、君は」
仕方なさそうな、それでいて困ったような声音だった。
けれどユイ先輩は、まるで駄々をこねる子どもを宥めるように私を優しく撫でて、ふわりと花笑む。皮肉にも、これまで見せた表情でいちばん穏やかな笑顔で。
「どうしてそんなに怖がるの?」
「い、いなくなるからに決まってるじゃないですか……っ」
「そうだね。でも、今じゃない」
「せ、先輩のそばにいれるのは、本当にあと少しだけなんですよ。そんな未来が決まってるのに……傷つけるってわかってるのに、そばになんかいられません!!」
好きならば、なおのこと。
一緒にいればいるほど、その時間が長引けば長引くほど、残されるユイ先輩の傷はより深いものになってしまう。
もちろん私だってつらいけれど、これから先、何年何十年の時をこの世界で生きていかなければならないのは先輩の方なのだ。
だから、先輩とはお別れしようと決めた。先輩がくれた思い出に浸りながら、ゆっくりと死を待つつもりでいた。それだけで充分、私は幸せに死ぬことができるから。
……できる、はずだったから。
「なるほど。俺を傷つけないために、言わなかったんだ」
「っ……それもあるけど、私が病気だって知ったら、優しい先輩は絶対に気にしてくれるでしょう? そういうのはいっさいなしでユイ先輩と話していたかったんです」
私は、先輩に……ユイ先輩に会うために、月ヶ丘高校に入学した。
もう自分が長くないとわかったうえで──否、だからこそ、死ぬ前に好きになってしまった人へ少しでも近づきたくて、わがままを言った。
ただ、会いたかった。会って、彼の世界に触れたかった。
でも、それだけ。
付き合いたいとか、卒業したいとか、そんな大それた望みは抱いていない。
ただユイ先輩の隣で、先輩と一緒に絵を描けるのなら、それでよかったのだ。
「小鳥遊さん。いや、──……ねえ、鈴」
ドクン、と心臓が強く胸を打つ。
初めて呼ばれた名前。