「うん。ほら、ひょっこり出てくるところとか。そっくり」

 ええ、と私はなんとも複雑極まりない心境でチンアナゴを見つめた。
 くねくねと珍妙な動きをしながら、ときおり砂の底にもぐっては、気まぐれに顔を覗かせている。よくよく見たら可愛い……かもしれない。
 わからないけど、そう思うことにしておいた。

「……ユイ先輩、水族館よく来るんですか?」

 先ほどから思っていたことだった。館内はさして複雑な構造をしているわけではないものの、それにしたって先輩は迷うことなく歩いていく。
 勝手知ったる様子、というか、とても慣れているように見える。

「うん、まあ。たまに来るよ。行き詰まったときとか、気分転換したいときとか」

「せ、先輩でも行き詰まることが……!?」

「俺のことなんだと思ってるの。むしろ、行き詰まってばかりだよ。絵に関しても、他のことに関してもね。いつも溺れそうになってる」

 なんだか、意外だった。ユイ先輩は、どこまで沈んでも平気で息をしていそうなくらい絵を描くことに囚われている人だと思っていたから。
 どこに行ってもあのクラゲのように自由気まま、ゆらりゆらりと泳いでいそうだ。
 溺れるなんて印象とは程遠い。けれど、なぜか気持ちはわかるような気がした。

「これだって確信して描いている絵でも、途中で見えていたものの輪郭がぼやけたりね。そうすると、ああでもないこうでもない、って底のない沼に嵌っていく。そのまま溺れそうになって、絵自体を破り捨てることもしょっちゅうあるし」

「先輩が荒々しいところとか想像つかないんですけど……。へえ、見てみたいなあ」

「なんで」

「どんな先輩でも興味があるんですよ、私」

 ふふ、といたずらに笑って見せれば、先輩は面食らったように押し黙った。
 そしてクラゲやチンアナゴを見ていたときと同じ瞳で、私をじっと見つめてくる。
 さすがに自分が対象となれば『絵になる』なんて呑気に思っていられない。好きな人に見つめられて平然といられるほど、私はまだ大人ではないのだ。

「せ、先輩? 私の顔、なんかついてます?」

「いや……」

 言葉を濁らせながら憂いをまぶせた瞼を伏せて、ユイ先輩は息を吐いた。

「本当にね、いつも溺れそうになる。君と一緒にいると、調子が狂ってさ」

「えっ」

 もしやこれは全力で呆れられているのだろうか、と血の気が引きかける。