「嫌じゃないなら、このまま繋がせて。俺はわりと……その、結構ぼーっとするときがあるでしょ。こうして手を繋いでいた方が、君を見失わなくて安心する」
ああ……と、なんとも納得してしまう理由だった。
たしかにユイ先輩は、とりわけ絵が関することになると、意識が四方八方に散在しがちになる。むしろ自覚があったという方が驚きだ。
「まあ、なんかいろいろ不服ではあるけど、そっちのが安心ならそうすれば」
「しゅ、愁」
「ほら早く行きなよ。おれは本屋寄って帰るからさ」
じゃあね、とひらひら手を振って、自分の役目は終えたとばかりに元来た道を戻っていく愁。
あんなに不機嫌そうだったくせに引き際は弁えているあたり、まったくもって中学生らしくない。行かないでと泣き喚いてくれた方が安心するくらいだ。
「優しい弟くんだね」
「え、あ、はい。本当、私の弟とは思えないほどいい子なんですよ」
「君の弟だから、いい子なんでしょ」
え、と聞き返す間もなく、ユイ先輩が私と手を繋いだまま駅に向かって歩き出す。
引かれて踏み出した足のまま、私はおずおずとその横顔を見上げた。
シミひとつない陶器のように綺麗な肌。けれど、左の目元に小さく置かれた黒子がどこか色っぽさを醸し出している。影を落とすほどの長い睫毛も、薄い唇も、癖のない銀色の髪も、筆舌に尽くしがたいほど魅力に溢れていた。
この人を描いたらどんなに楽しいだろう、と血が騒ぐ。
いったいどう趣向を凝らしたら、私の世界に映る先輩を表現できるのか。
正直、この見たままの姿を、一枚の写真のように描き起こすことは容易い。
でも、それではだめなのだと本能が言っている。
足りないのだ。なにかが、決定的に。私はずっと、そのなにかがわからない。
「具合が悪くなったりしたら、すぐに言って。我慢とかしないでいいから」
「は、はい」
本当のところ、ユイ先輩はどこまで知っているのだろうと考える。
あれほど派手に倒れて、病院まで付き添ってくれたのだ。先生から直接話を聞いていないにしても、なにかしらは耳にしてしまっている可能性の方が高い。
それでもなおこうして一緒に出かけてくれているのなら、少なくとも今の時点で私と距離を置こうとは思っていないと考えてもよいだろうか。
なら、と、私はひとり顔を綻ばせた。
──どうせなら、最後を満喫しよう、と。