謝ることしかできなくて、私は軋む胸を押さえながら、ユイ先輩を見た。
 うしろで戸惑ったように立ち尽くし、瞳を揺らす先輩。いくら先輩だって、こんな状況に遭遇したことはないだろう。本来はここにいるはずのない人なのだから。
 人の生死に対面する。そんなときに上手い言葉をかけられる人なんていない。それが身近な人間であればなおさら、現実感はますます遠のいてしまうものだ。
 だからこそ、いつか訪れる別れのときまで、周囲とどう接するのが正解なのか、私はずっとわからずにいる。

「──先輩。定期テストが終わって夏休みに入ったらすぐ、絵を描きに行きませんか」

「……っ、え?」

「どこでもいいんです。ふたりで、課外活動をしませんか」

 しっとりとした夜空の瞳を向けながら、ユイ先輩が唇を引き結んだ。
 見つめ合う静寂が、なんだか初めて先輩と出会った日に似ているような気がした。
 私に『誰?』と言ったときの先輩は、今と同じような顔をしていた。
 困惑。衝撃。戸惑い。
 そんないくつもの感情が綯い交ぜになった、私が描く水彩画のような色。
 ああ描きたい、と。あのとき私は、強く、強く思った。だからなのか、不思議とあの日のことは忘れない。いつだって鮮明に脳裏に浮かんでくる。

「課外活動、ね」

 ほんの数秒が何分、何十分の感覚で。やがてゆっくりとうなずいたユイ先輩は、絵を描いているときと同じ瞳の色をしていた。

「……いいよ。でも、場所は俺が決めていい?」

「はい、ありがとうございます。ふふ、楽しみだなあ」

 ──本当は、ずっと言わずにいたかった。
 苦しみも悲しみもつらさも、現実の非道さも、なにもかも、いつもの笑顔の裏に隠したままでいたかった。
 追いかけ続けてきた私の夢が、儚くも桜のように散っていったように。
 それでも、きっと優しい先輩は、暗れ惑う私に言うのだろう。
 たとえ自分の感情を押し殺しても、大丈夫だ、と。



 そうして翌日、私は退院した。
 しかし、さすがに三日間は自宅療養で様子を見るように指示され、私はしぶしぶ家でテスト勉強に勤しむ羽目になった。
 七月の下旬。
 今年の夏は梅雨が短かったこともあり、湿気が少ない。風が爽やかに感じられるくらいカラリとした暑さで、体力減退中の私には幾分か過ごしやすい気候だった。
 体調は、とりわけよくも悪くもない。