なんとなくだけれど、覚えている。
私が意識を失う前、頭に血が上った愁が、ユイ先輩へ堪えきれない鬱憤をぶつけていたこと。
たしかに愁は、前々からユイ先輩のことを嫌っていた節があった。
しかしそれはあくまで私との会話上で毒づくくらいだったし、そもそも愁と先輩が知り合いなわけでもなかったから、大して気にはしていなくて。
けれど、愁は──取られた、と言っていた。
ユイ先輩が、私を取ったのだと。
その言葉の真意は定かではない。ただ、なんとなく、私の意識がいつも先輩へ向かっていたことに対する不満から来るものなのではないかと、そう思った。
「……ねえ、愁。愁は小さい頃から優しくてよい子だから、私のこといつも心配してくれるけど。もっと、わがまま言っていいんだからね」
「っ、え……?」
「たしかに、私にとってユイ先輩は大切な人だよ。生きる指針で、道標で、理由だから。でも、だからって、他のことをどうでもいいなんて思ってないの。とくに家族に関しては、ないがしろにするつもりはないよ」
なんと言葉を紡いだら、この気持ちが嘘偽りなく伝わるのだろう。
言いようのないやるせなさに苛まれながら、私は小さく息を吐いた。
「……きっと私にできることなんて、限られてるんだろうけどね」
私がいなくなった後も、愁やお父さん、お母さんはこの世界で生きていく。
そんな家族に、今の私が残せるものなんて、そう多くはない。
それでも、ばらばらにならないように──ちゃんと家族のまま、みんながこれからも生きていけるように、私はその根っこの部分をしっかり作っておきたいと思う。
どうしたらよいかなんてわからなくても、そう願ってしまう。
「愁は、私になにをしてほしい?」
「っ……おれ、は」
「なんでも聞くし、なんでもするよ。我慢しないでちゃんと言っていいんだよ、愁」
ちがう、ちがう、と愁は幼い子どもがイヤイヤするように首を振る。
「なにかしてほしいわけじゃない。おれは、姉ちゃんがいなくなるのが嫌なんだ」
「……うん」
「おれの姉ちゃんは、姉ちゃんだけなのにっ……勝手に、いなくなるとか、ふざけんなよぉ……っ」
ベッドに顔を押しつけながら、押し殺すように啜り泣く愁の頭を撫でる。
「ごめんね」
痛覚はなくなっても心の痛みだけはなくならないのだな、と。