「……わかったわ。じゃあ予定通り八月からにする。でも、もしそれまでにまた今回みたいなことがあったら、そのときは折れないからね」
「っ、はい。ありがとう、先生!」
仕方なさそうに、けれどしっかりと了承してくれた先生は、かたわらでしゃくりあげている愁の頭を撫でた。この構図も、初めて見る光景ではない。
「愁くんもびっくりしたよね。でも、本当にひとりのときじゃなくてよかったよ。あのすごく綺麗な彼も……」
ふと思い出したように、ちらりと私を見て、先生がいたずらに口角を上げる。
「彼、例の子でしょう。鈴ちゃんの好きな子」
「っ……う、バレた」
「小学生のときから熱く聞かされてきた鈴ちゃん憧れの彼と、まさか会えるなんて思ってなかったわ。予想以上にイケメンでびっくりしちゃった」
さきほどの神妙さはどこへやら、隅に置けないわね、と私をくいくい小突く先生。
五年もの付き合いにもなれば、主治医とはいえ友だちのような親しさだ。
私が属しているのが小児科だというのもあるだろうけど、こういう話題は伊藤先生に限らず看護師さんたちも大好きだった。
聞かされてきた、ではなく、聞き出されてきたの方が正しい。
「せ、先輩のことはいいですから……!」
「ふふっ初心ねえ、鈴ちゃん。じゃあ先生、さっきのことも含めてもう少しご両親とお話してくるから。なにかあったらナースコール押してね」
「は、はあい」
伊藤先生が出ていった後、入れ違いにユイ先輩が戻ってくる。
「あ、先輩……」
「話、終わったみたいだから。……でもまだ、入ってこない方がよかったね」
どうやら気を遣って外にいてくれたらしい。
ユイ先輩は相変わらず泣き続けている愁を見て、しゅんと眉尻を垂らした。どう接するべきか悩んでいるようだけれど、そんな様子を見せる先輩もまた珍しい。
「ごめ……ごめん、姉ちゃん……っ」
「え?」
突然謝り始めた弟に狼狽えて、私はおろおろと愁へ手を伸ばす。
それに応えるようにしゃがみこんだ愁は、そのままベッドに顔を埋める。その肩は、いっそ気の毒なくらいに震えていた。小さい頃と変わらない、とまたも思う。
私と同じ色の髪を梳くと、愁はなおのこと強い嗚咽を漏らした。
「お、おれが、おれが姉ちゃんのこと、興奮させたりしたからっ」
「ち、違うよ、愁。なに言ってるの。愁のせいなわけないでしょ」