隣で立ったまま泣き続ける愁の腰に手を添えているあたり、とても優しい。
伊藤先生は、なによりも患者のことを第一に考えて、なるべくこちらの要望に沿う治療をしてくれる人だ。こうしてベッドから起き上がれない私に視線を合わせるのも、医者としての威圧を与えないためだと前に言っていた。
私が学校に通えているのも、間違いなく先生のおかげだった。
そんな先生だから、冗談を言ったりする人ではないと私もわかっている。
「このあいだ検査したときは、目立つ異常は見られなかったんだけどね。ただ少し、進行が早まってるのかな。心臓の血液の循環が悪くて、いわゆる不整脈を起こしちゃったのよ」
「……不整脈……」
「もう落ち着いてるけど、今日はこのまま入院してもらうね。今後のことはまたゆっくり考えていこうか。ちょうど来月検査期間だったし、ほんの少し予定を早めて──」
「ま、待って、先生」
話の雲行きが怪しくなってきて、私は申し訳ないと思いながらも口を挟む。
「予定は早めないでください。夏休みに入ってからで大丈夫です。来週には定期テストがあるし、それに」
まだ、ユイ先輩にもきちんと話せていないのだ。
なんとなく、わかる。
きっと次に入院したら、私はもう退院できなくなるだろう。この五年間、入退院を繰り返してきた感覚的にも、先生の態度を見ても、ほぼ確実に。
「……でもねえ、鈴ちゃん。あなたの体は……」
「お願い、先生。どちらにしても治らないなら、私は最期まで悔いなく生きたいの」
主治医としての気持ちも、理解はできる。
いつどうなるかわからない患者を、なるべく外に出したくない気持ちは。
たとえ治らなくとも、病院にいれば延命治療ができる。なにかあったときはすぐに処置できるし、今日のように突然の体の変化にも対応が可能だ。
少しでも長く生きたいと願うのなら、今すぐにでも入院して、命を引き延ばすための治療に専念するのが最適解なのだろう。
けれど、それでも、嫌だった。
ここに──病院にいると、ひどく孤独を感じるのだ。
生きているのに生きていない。
毎日が、日々が、まるで年季を帯びた紙のように黄色く色褪せていく。
そういう場所だと、私はもう嫌というほど知っている。
「先生。もう少しだけでいいんです。八月からにしてください」