「あ、の……先輩……」

「さっきご両親が来られてね。今、先生と話してるよ。弟くんは……その、結構取り乱してて。でも、たぶん廊下にいるから、呼んでこようか」

「っ、待って、ください」

 どうしてなにも聞かないのか。もう知ってしまったのか。尋ねたいことはたくさんあるのに、上手く声が出てこない。言葉もなにもかも、不安に押し流されそうだ。
 すると先輩は、そんな私を落ち着かせるように頭をそっと撫でてくる。

「いいよ、言わなくて」

「っ、え……?」

「君が言いたくないなら、聞かない。君が俺に話したいって思ったときでいい」

「なん、で……」

「ああ、勘違いしないで。どうでもいいからじゃない。君が大切だから、泣いてほしくないから、そう言ってるだけ」

 ユイ先輩が慈しむような優しさを孕んで、私の目尻を指先で拭う。
 そこでやっと、自分が泣いているのだと気づいた。

「でも、これだけは言っておく。俺はね、小鳥遊さん。今こうして、君のそばにいれてよかったって、心の底から思ってるよ」

 ユイ先輩の瞳の色は、相変わらず静かな夜の空のようで。けれど、そのなかには言い表しようのない切なさが滲んでおり、私は返す言葉を失ってしまう。
 ユイ先輩の方が、泣きそうだ。
 胸の奥深くを引っかかれたような痛みを覚えながら、くしゃりと顔を歪める。
 こんな顔をさせたくないから、今まで黙っていたのに。
 ああもう、本当に、私はいったい、なにをやっているんだろう。

「じゃあ、弟くん呼んでくるから」

「っ……は、い」

 最後に小さく微笑んだユイ先輩は、そのまま静かに病室を出ていった。
 ひとり残された私は、腕から伸びる点滴の管を見る。見慣れた光景のはずなのに、今すぐ引き抜きたい衝動に襲われた。嫌だ。こんなものがあるから、私は──。

「……っ」

 こんなはずじゃなかった、なんて後悔したところで無意味だとわかっている。わかってはいるけれど、まだ、先輩の前ではただただ弱い私の姿を見せたくはなかった。

 ──私に残された時間は、もう、そう長くはない。

 自分でそれが嫌というほど感じられるからこそ、どうしようもなく胸が痛かった。
 泣きたくもないのに、涙が溢れ出してくる。
 ああ、嫌だ。私は、死にたくない。
 死にたくないのに。

「……っ、姉ちゃん!」