「んま、少しずつ思い出せば大丈夫でしょ」

 中学生とは思えない落ち着きと、大人びた雰囲気。
 共働きの両親に代わり、いつもこうして私を支えてくれるできた子だ。
 けれど、それはきっと、私が病気になったから。
 無理にでも大人にならなければならない環境を作ってしまったから、愁はしっかり者に成長するしかなかったのだと思う。

「……うん、ありがと。だいぶ思い出した」

 ──病気の影響で、私はたまに記憶が飛ぶ。

 とくに眠ったあとが顕著だ。
 人は眠ると、脳に蓄積された情報が整理されるという。
 私の場合はそれが上手く定着しないのか、前後の記憶の曖昧さに加え、細かい内容を思い出せなくなってしまう。
 なんとなく全貌は覚えていても、記憶に留めておく必要がない些細な出来事はなかなか覚えていられない。
 だからこそ、私はいつも寝る前に、その日の出来事をこと細やかに日記に記すようにしていた。思い出せる限り、会話の一言一句まで。
 それはもう、記憶が飛ぶようになった三年前からの日課だった。
 こうしておけば仮に忘れてしまっても思い出せるし、周囲に余計な気を遣わせずに済む。持ち歩いてつねに見返すことで、私の記憶喪失を隠すこともできる。

「ごめんね、愁。また心配かけたね」

「べつに。……病院は、行かなくていいの?」

「うん。たぶん、そこまでじゃない。ちょっと張り切って応援しすぎちゃったかも」

 誰がどの競技に出ていたのか、上手く思い出せない。お昼休みに屋上庭園でみんなでご飯を食べたことは覚えているけれど、そのとき私はなにを話したのだろうか。
 ……ユイ先輩は、どんな表情をしていたのかな。

「やっちゃったなあ。こうならないよう、細心の注意を払ってたのに」

 そこまで大事になっている気配はないし、おそらくまだ意識のある状態で保健室までやってきたのだろう。いまいち覚えていないけれど、きっとそうだと信じたい。

「……?」

 ふと、ノートの上部から顔を覗かせている付箋が目に留まった。自分がつけたものかも定かではないものの、引き寄せられるようにそのページを開いてみる。
 日付は六月二十八日だ。上から順に一日の出来事を追っていく。とくに代わり映えのしない一日だと思った矢先、中盤辺りで、ある部分にマーカーが引かれていた。

「……徒競走」

「なに、なんか見つけた?」

 愁が身を乗り出して覗き込んでくる。