「あ、私持ってますよ。筆箱にいつもいれてるから」

「じゃあ、貸して。あといらないプリントがあればそれも」

「はーい」

 言われるがまま、スクールバッグからハサミとノートを取り出して先輩へ手渡す。
 中指にペンだこが拵えられたユイ先輩の骨ばった指先は、それでも色が白くて綺麗に見えるから不思議だ。私のかさついた手とは比べ物にもならない。

「元がその形じゃ限界があるけど……リクエストは?」

「お任せします。見た感じ、おかしくない程度に直してくれれば充分です」

「了解」

 ベンチに座ると、おもむろにプリントを持たされた。
 どうやらこの上に切った前髪を落としていくらしい。幸い今日は風もほぼ吹いていないから、飛んでいってしまうこともないだろう。

「……それで。君の休んだ理由、ままならない事情っていうのは言えないことなの」

「え。知りたいですか?」

 ちょきん、とハサミの先が額の上で動くのを上目遣いに見ながら聞き返す。

「知りたいわけじゃないけど」

「ふふ、ならいいじゃないですか。たいした理由でもないんですよ」

 ハサミの向こう側に見えるユイ先輩の顔は、相変わらず無表情だ。
 でも、ほんの少しだけ拗ねているような気もする。ここ一年、毎日のように部活で顔を合わせていたおかげで、だいぶ理解できるようになってきているらしい。

「やめませんよ。ユイ先輩がいるうちは」

「……ふーん」

「ふーんて」

 くすくす笑うと、ユイ先輩も無症状の顔にわずかながら微笑を滲ませた。
 そんな些細な変化ひとつに心拍数が上がる。
 ずるい、と。そう思ってしまう。

「次からは、連絡すること」

「はぁい。でも私、先輩の連絡先知らない」

「…………」

 前髪を切る手がぴたりと止まり、珍しくユイ先輩が硬直した気配がした。

「そう、だっけ」

 まさか、連絡先を知らないということすら認識されていないとは。
 上げては落とされる。慣れてはいるが、つい苦笑いを浮かべてしまいながら、私はわざと唇をとがらせて見せた。

「先輩ったらひどいなぁ。私の気持ち知ってるくせに」

「俺はあまりスマホ見ないから」

「わあ現代っ子らしからぬ発言だ」

 知っているとも。ユイ先輩に、ハニートラップなんてものは効かないのだ。こちらがいくらあざといことをしたところで、ユイ先輩が興味を持つことはない。