ただただ気持ちだけを宙に彷徨わせたままでは、いずれ、迷子になる。
 たぶん俺は、そんな終わりのない苦行を、延々と迷い彷徨わせるようなことを、榊原さんにしてしまっていたのだろう。
 今さら謝ったところで、困らせるだけかもしれないけれど。

「わからなかったんだ、ずっと。人を……誰かを想っているときの、心っていうか。そういう繊細な部分が、理解できなかった」

「…………」

「正直、今も、わからないことの方が多いけど。俺には難しいなって、いつも思ってるけど。でも、なんとなくね。この好きって気持ちは……君が俺に向けていてくれた想いは、もっと丁寧に扱わなくちゃいけないものだったのかなって、そう思うよ」

 俺にしては多弁に、ゆっくりと時間をかけながら言葉を紡ぐ。

「遅くなったけど、俺のこと好きになってくれて、ありがとう」

 ──それから、

「ごめんなさい。君に、好きを返せなくて」

 その瞬間、俺のなかで、はっきりとなにかが変わったような気がした。
 俺は、小鳥遊さんが好き。
 そう確信した、とでも言うべきか。

「……なにそれ」

 榊原さんはじっと俺を見つめて、一瞬だけ瞳を左右に揺らした。

「本当、今になって言うことじゃない。あまりにも遅すぎるでしょ……」

「うん。ごめん」

「……でも、ありがと。今さらでも……これできっと、前に進めるわ」

 その瞳にはうっすらと涙の膜が張っている。初めて真正面から向き合って、ハッキリと榊原さんの瞳の色を見た気がした。熟して地面に落ちた栗の色だ。

「ねえ、結生。あなたはたしかに変わった。本当に人間らしくなったと思う」

「……ん、やっぱり人間らしくなかった? 俺」

「まったくもってね。けど、そんなあなたを、あたしは変えられなかった。それが答えなのよ。どんなに好きでも、心に手が届かなければ意味がないんだから」

 そう告げながら、榊原さんはツカツカと俺のもとに歩み寄ってきた。
 かと思ったら、いきなりぐいっと胸ぐらを掴まれる。

「っ、え」

 体が勢いよく前方に傾いた。
 突然のことに反応できず、ただされるがままになる俺を間近で覗きこんでくる榊原さん。目前に迫ったのは、見たことがないくらい真剣な表情だった。

「よく聞いて、結生。──もしもあの子のことが本気で好きで、大切で、これからも変わらず関わっていくというのなら……ちゃんと覚悟を決めなさい」