──けれどいつか、俺がその笑顔を引き出してみたい、なんて。

 そんなことを真面目に考えてしまうくらいには、俺は小鳥遊さんに溺れているのだ。



 午後三番目の競技で行われた、地獄の徒競走。
 直前まで死んだ魚の目をしていた俺は、隼に臀を叩かれて嫌々ながら出場した。
 無論、大敗。
 カッコいいところを見せたいなんて、しょせんは願望だ。現実はそう甘くない。しかも最後の最後で思いきりずっこけて、小学生男子さながら典型的な膝怪我を拵えた。
 ここまでくると、もう羞恥どころの話ではない。他の誰に目撃されたところで気にやしないが、ただひとり、小鳥遊さんだけは見られたくなかった。
 さっきは理由なんて求めないと思っていたが、前言撤回しよう。こんなどうしようもないことで笑われるのは、さすがに堪える。

「……あの」

「は、はい? えっあっ、春永先輩……」

 ショックに打ちひしがれながらとぼとぼと救護室までやってきた俺は、そこにいた体育祭の運営スタッフらしき女子生徒に声をかけた。
 彼女は俺を見るなり、あからさまにぎょっとして後ずさる。

「あー、えっと」

 なぜか俺は、校内でも怖がられている節があった。無駄に名前を知られていることが追い打ちになっているのか、根も葉もない噂が常に飛び交っている。
 銀髪だからか。恐喝されるとでも思うのか。
 まあ小鳥遊さんは気にもしていないようだし、べつに、どうでもいいのだけど。
 ちらりと周囲を見回してみるが、近くに小鳥遊さんの姿は見当たらない。

「あ、け、怪我されたんですね!」

 ようやく俺の足の怪我に気がついたらしい彼女が、慌てたように立ち上がる。

「いや、それよりさ。小鳥遊さん、知らない?」

「へ? た、小鳥遊さん……?」

「背が小さくて、髪が長くて、色白な子。あと……明るくて、元気」

「ああ!」

 それで伝わってしまうのだから驚きだ。外見的特徴がありすぎるのか、はたまた小鳥遊さんの存在感が強いのか。少し考えて、どちらもだなと結論付ける。

「鈴先輩なら、さきほど保健室に……」

「保健室?」

「は、はい。なんだか具合が悪そうで、途中でお友だちの方が連れていかれました」

 それより足の怪我を、とおそるおそる手当てを施そうとする女子を制する。
 小鳥遊さんを先輩と呼んだからには、この子はきっと一年生だろう。