人は不思議だ。胸に抱く気持ちひとつで、こんなにも変わってしまうのだから。

「あれ、小鳥遊さん昼飯それだけなの?」

 不意に、隼が尋ねた。
 その視線を追うように小鳥遊さんを見る。彼女の手に握られていたのは、飲むタイプの簡易ゼリー食。栄養補助食品、という言葉が脳裏をよぎる。

「私のお昼はいつもこれですよ。今日はね、りんご味なんです。お気に入りで」

 むふふ、と満足気に見せびらかす小鳥遊さん。
 隼は「こらこら」と苦笑いを零す。

「育ち盛りなんだから、ちゃんと食わねえとだめだろ。とくに体育祭なんてエネルギー必要とする日にそんなんだけじゃ、フツーに倒れるぞ?」

「大丈夫ですよ~。私、あまり体を動かさないですし」

「んなこと言ってもなあ。ただでさえ小鳥遊さん細いのにさ」

「あっ、ピピーッ! 相良先輩アウトー今のセクハラ発言でーす」

 ビシ、と警官の真似事をしながら指を突きつけたのは、かえちんと呼ばれた彼女だ。
 レッドカードを出された隼は、やや強張った顔で眉尻を下げる。

「セクハラ……て、そういやふたりの名前知らねえな。円香さんとかえちんさん?」

「あっ、わたしは綾野です。綾野円香」

「あたしは岩倉楓。かえちん呼びは鈴の専売特許なのでやめてくださーい」

「綾野さんに岩倉さんね。つか岩倉さんキャラ濃いな。大変だろ、綾野さん」

 大人しそうな綾野さんへ、あからさまな同情を向ける隼。天真爛漫な小鳥遊さんと自由気ままな岩倉さんに挟まれれば、たしかに落ち着く暇はなさそうだ。
 けれど、彼女は「いえいえ」と朗らかに顔の前で軽く手を振った。

「鈴ちゃんも楓ちゃんも、すごくいい子ですから。毎日楽しいですよ」

「ふぅん? そんなもんか。いいねえ、JKは」

「……さっきから、なんか発言がおっさんくさいよ。隼」

「はあ? 先輩らしいの間違いだろ」

 若干的はずれな先輩像をため息で流して、俺はおかかのおにぎりに喰いついた。

「あ、ユイ先輩いいですねえ。おにぎりですか」

「……食べる?」

「ふふ、いえいえ。先輩こそちゃんと食べなきゃだめです。もっと体力つけなきゃ!」

 それを指摘されるとつらい。わりと、結構深く、胸がえぐられる。
 しかしすぐに、小鳥遊さんが笑ってくれるならなんでもいいか、と思い直した。
 こうして他でもない自分へ向けられるささやかな笑顔に、逐一、明確な理由を求めたくはない。