この人混みに飛び込んだが最後、四方八方から押し潰されて終わる。
 出てきた頃にはすりおろし大根か薄切り大根になっているだろう。間違いなく。

「体育祭んときくらい、みんな弁当持ってくりゃいいのにな」

「隼みたいに自分で作れる人は早々いないから」

 やがて戻ってきた隼がぶらさげる買い物袋のなかには、おにぎりの他にもいろいろと余分なものが入っていた。緑茶に煎餅にチョコレート。そしてアイス棒ふたつ。

「これ、おまえの奢りな。煎餅とアイス。パシリ代ってことで」

「……べつにいいけどさ」

 昆布とおかかのおにぎり。麦茶ではなく緑茶。パフ入りの一口チョコレート。
 なんでもいいとか言っておいて、俺の好みを完全に把握したチョイスだった。
 さすが無駄に付き合いが長いだけある。

「どこで食うよ? 教室? 中庭?」

「混んでないとこ」

「んなとこあるかぁ?」

「こういうときこそ屋上庭園でしょ」

 はあ、と隼が曖昧に相槌を打つ。しかしすぐに「いや待て」と鷹揚に腕を組んだ。

「閉まってんだろ、今日。わりとあちこち閉鎖されてるし」

「俺を誰だと思ってんの」

 制服のポケットからそれを出して見せると、隼は瞠目した。

「屋上庭園の鍵くらい持ってるに決まってんじゃん。あそこ管理してるの俺だし」

「うっわ。おまえマジかよ」

「うちの顧問、放任主義だから。部長権限ってやつだね」

 閉められているのなら開ければいい。
 俺は正式な許可を得て、鍵を所有する者なので。
 なぜか引き気味の隼を連れ立って、通い慣れた屋上へと向かう。
 もう二年以上も入り浸っていることを思えば、やはりあの場所は相当に居心地がよいのだろう。家のアトリエよりもよほど落ち着くし、今年で卒業してしまうのがもったいないくらいだ。
 屋上へ繋がる階段をあがっていくと、ふと上から声が聞こえてくる。扉の前で女子数名が屯っているのが見えて、一瞬、足が止まりそうになった。

「ん? 先約か?」

「……いや」

 しかしながら、なんとなく予感を覚えた俺は、構わず階段をあがる。
 そこにいた三人の女子がこちらに気づいて振り返り──そのうちのひとり、小鳥遊さんが「先輩!」と目を丸くしながら驚いたように声をあげた。
 やっぱり、というか……案の定、小鳥遊さんだった。なんとなく聞こえてきた声のトーンで気づいてはいたが、まさかこんなところで会えるなんて。