深い海の底にいるかのような空気の重さに耐えかねて、私はたははと頬を掻いて誤魔化した。実際はそんな大層なものではないし、発病から今日までをでき得る限り思い返してみても、やはり後悔のない人生なんて少しも送れていない。
 日々、自身に圧し掛かる病の無常な残酷さに打ちひしがれるばかりだ。
 ただ、そんな心意気ではあった。
 いつだって私は、前を向くことをやめたことはない。
 今ももちろん継続して──だからこそ、ここにいるわけだけれど。

「沙那先輩。知っての通り、私はユイ先輩が好きです」

「っ、ええ」

「でも、こういう事情があるので付き合えません。……先輩の気持ちはさておき」

 私は彼に、春永結生に会うために、この学校に入学した。
 彼と彼の世界を見たくて、彼の描く世界の真髄を知りたくて、逢いに来た。
 その裏側にはたしかに焦がれるほどの恋情もあるし、憧れだとか尊敬だとかそんな言葉では足りないくらいの羨望や、それ以外の大切ななにかもある。
 だからこそ、自分のわがままを貫いたこの一年は、ただただ本当に幸せだった。

「沙那先輩は……さっきはああ言ってましたけど、やっぱりユイ先輩のこと好きですよね?」

「なっ……なんでこのタイミングであたしのことなのよ! あなたまさか、」

「あ、誤解しないでください。咎めてるわけじゃないです。病気だから譲れとか、そんな都合のいいことも言いません。むしろ、ホッとしてるくらいなんですから」

 沙那先輩は、はあ?と言わんばかりに虚を衝かれた顔で私を凝視する。目も口もあんぐりと開いているせいで、せっかくの美人が台無しになっていた。
 かと思ったら、突然ガッと身を乗り出してきた沙那先輩。
 だいぶ乱暴に肩を掴まれ、私は思わず二歩ほど後ずさった。

「あっ、なたねえ! さっきから聞いてれば、なんなのその綺麗事はっ!」

「んえ、へっ?」

「つまり、あたしがいるから自分はいなくなっても結生は大丈夫だ、とか、そんな傲慢極まりない馬鹿げたことを言いたいんでしょ!?」

 いやそれは、と否定しようとして言葉が詰まる。
 そう、なのかもしれない。
 だって沙那先輩のようにユイ先輩を想ってくれる人がいれば、きっと彼はひとりぼっちになることはないから。私は、なによりあの人を孤独にはしたくない。

「ふざけんじゃないわ」

「さ、沙那先輩?」