モノクロと色彩の対比は、一見してみればひどく歪だ。芸術と言えば聞こえはいいが、長年描いていなかっただけに、技術もなにもかも圧倒的に不足している。
けれど、これこそが俺の描きたかったものだった。
皮肉なことに、色づいた世界に足りなかったのは俺の灰だったのだ。
銀賞を取れたのも不思議なくらいの完成度なのに、俺はこれを描き上げたとき、たぶん人生でいちばん満足した。
心の底から、ようやく描きたいものが描けたと思った。
「……なんで、なのかな。描きたかったから、描かないと後悔すると思ったからとしか言いようがない。描きたくて描きたくて、衝動が抑えきれずに描いた絵なんだ」
これは、俺に見えていた鈴の姿だ。
──タイトルは『モノクロに君が咲く』。
「馬鹿だよなぁ、なんか。あんたも姉ちゃんもお互いのことを描いてるのにさ。それで優劣を決めちゃう絵画コンクールに出すんだから」
「……それは」
「わかってるよ。絵を描く人間同士だからだろ」
ようやく弟くんはこちらを向いた。その目はすでに赤く充血しているように見えた。
俺も人のことは言えないな、と思いながら、いまだ止まらない涙を拭う。
こちらに歩いてきた弟くんは、今度は鈴の絵を見上げながら切なげに微笑んだ。
「ようやく、姉ちゃんの夢が叶ったんだ」
「……夢?」
「あんたを追い越して、金賞を獲るって夢」
俺は、え、と目を瞠る。
「それが鈴の夢だったの?」
「うん。姉ちゃんが病名宣告をされた年──あんたが初めて、絵画コンクールに作品を出した年。ほんとにたまたま展示会に来てさ。そこで姉ちゃんは、あんたの絵と出逢ったんだ」
中一。つまり、俺の世界が色を失って灰を被った直後だ。
「運命の出逢いだって言ってたよ。絶対にこの絵を超えてみせる。絶対に私が金賞を獲るって、病気のことなんか忘れたみたいに言ってた」
「運命、の」
ふいに脳裏に過った鈴の言葉。
『私にとっての運命の出逢いは、ぜーんぶ先輩ですって』
俺は唇を震わせた。あれはそういう意味だったのか。そんなに前から鈴は俺のことを認識してくれていたのだと、いっそ頭痛すら覚えながら実感する。
「それが姉ちゃんの生きる意味だったんだ。寝ても醒めても絵を描いて、毎年『また負けちゃった』って悔しがって笑って。いつもいつも、すごく楽しそうにあんたを追いかけてたよ」
「……っ」