留まることを知らない。涙腺が崩壊してしまったのかのようだった。俺の意思に反して延々と流れ続けるそれは、胸を引き裂かんばかりに絞めつける。
鈴は、俺をずるいと言った。けれど、本当にずるいのはどっちだろう。
だって、俺は知らない。
こんなにも想いのこもった絵を──まるで、恋文のような絵を。なるほど、たった一行しか書かれていなかったあの手紙の続きは、まさしくここにあったのだ。
──これは鈴の世界に映る俺の姿。
そして、この絵はおそらく鈴自身でもある。
「とうとう姉ちゃんに抜かれたな。天才モノクロ画家さん」
唐突に耳朶を突いた低い声。弾かれるように横を向くと、そこに少年がいた。
銀賞。そのプレートの下に、俺の描いた絵が大々的に飾ってある。
鈴の小さなキャンバスとは違って、百号の油彩紙に描かれた大きな絵だ。
その前でポケットに両の手を突っ込んだまま、ただじっと俺の絵を見つめていたのは、他でもない鈴の弟くんだった。鈴の葬式以来、約一ヶ月半ぶりだろうか。
「……なんで」
ここにいるの、とは続かなかった。
姉が金賞を受賞したとなれば、見に来るのは当然だと思い直したから。
だが、そんな弟くんが見ているのは、なぜか鈴の絵ではなく俺の絵だ。
その矛盾が霧がかった頭のなかでは上手く処理されなくて、俺は二の句が継げないまま、呆然と彼と自分の絵を行き来する。
「でも、もう、モノクロ画家じゃないか。これからはなんて呼ばれるんだろうな」
「…………わ、からないけど」
──今年の俺の絵は、モノクロじゃない。
油彩紙に描いたのも、油彩画だからだ。
とはいえ、すべてに色彩があるというわけではなく、俺の元の灰色の世界と、鈴が与えてくれた色づいた世界が融合した絵になっている。
弟くんは片時も俺の絵から目を離さない。
俺が鈴の絵に魅入ってしまったのと同じように、食い入るように見つめていた。
「なんであんた、これ描いたの」
「っ、え?」
「これ、姉ちゃんだろ」
弟くんの静かな追及に導かれて、俺は改めて自分の絵を見る。
透き通るような薄青の空の下、キャンバスいっぱいを咲き乱れる桜の巨木。そのふもとで、長い髪を風に攫われながら花びらに手を伸ばしている少女。
色づいているのは、空と桜と少女だけだ。それ以外はすべて灰に染まっている。