だが、俺は自分が銀賞だったという事実はどうでもいい。それよりも、唐突に頭のなかでできあがった仮説がぐるぐると渦巻いて離れずにいた。
 いや、でも、そんなのありえない。だって、彼女は。

「待っ……て。さっき、なにか完成させたって言った?」

「え? あ、はい……」

「まさか、絵、とか言わないよね?」

 綾野さんと岩倉さんが俺の言葉におずおずとうなずきかけて──その瞬間、なにかに気づいたのか、ハッとした顔をしてふたたび勢いよく顔を見合わせた。

「えっ! そういうこと!?」

「いやでも有り得なくはないよ。先輩、絵画コンクールの締切っていつですか?」

「大晦日」

「っ、じゃあその可能性はある! だって鈴、年明ける前には描きあげてた!」

 ひとりいまだに状況を理解できていないらしい隼の視線が、忙しなく俺と彼女たちを行き来する。
 完全に蚊帳の外だが、この状況では致し方ない。フォローする余裕もない。

「……なに? つまり、今回の金賞は小鳥遊さんかもしれないってこと?」

 もはやさすがと称賛したくなるほど、たった一言でまとめた榊原さん。その言葉でようやく理解したらしい隼が「ああ!」と今さら驚きに満ちた声を上げた。

「えっ、でも、出したのか? 入院してたじゃん、ずっと」

「鈴ちゃん、病室でずっと描いてたんです。春永先輩には隠してましたけど……」

「なんで隠す必要が…………あ、」

「さっきの『贈り物』って、たぶんその絵のことだよ」

 俺は堪らず駆け出した。
 うしろから隼たちの驚いた声が追いかけてくるが、振り返ることなく走る。
 体力のない体はあっという間に悲鳴を上げ始めるが、そんなの気にしていられない。
 卒業生が集う廊下をすり抜けるように駆け抜けて、俺は職員室へ飛び込んだ。

「っ、失礼します!」

「お、おお? 春永か、どうした」

 扉の近くに座っていた先生の横を通り過ぎて、俺は目当ての人物を探した。すぐにそのうしろ姿を見つけ駆け寄る。もはや周囲のことなんて見えていなかった。

「先生っ」

「お、春永じゃないか」

 まるで俺が来るとわかっていたかのような態度だ。
 その肩をいささか乱暴に掴みながら問いかける。

「金賞は誰ですか」

「ああ、いやぁ、残念だったな。高校生活最後の絵画コンクール銀賞──六連覇ならず。でもまあ、モノクロ画家春永結生の真骨頂として話題になってるぞ」