綾野さんの言葉に、隼が肩をすくめながらうなずく。
「まぁな。俺は地元の大学だけど、こいつは東京の某美大だよ。ったくサラッと合格しちまうあたり、ホント結生だよな。あーあ、天才ってのは嫌だねえ」
「なにそれ」
「悪口だよ。もうマジでおまえがひとりでやって行けるとは思えねえんだわ、俺。定期的に生存確認しに突撃するからな。覚悟しとけよ、バカ結生」
……寂しい、のだろう。きっと。そういうことにしておいている。
俺が美大に合格したことを報告したときはあんなに喜んでいたくせに、それからだんだん卒業が近づくにつれて、面倒くさい絡みをしてくるようになったのだ。
小中高となんだかんだ一緒に過ごしてきた腐れ縁ゆえに、いざ離れるとなると心許ない気持ちはわかる。隼は世話焼きだから、なおのこと世話を焼く相手がいなくなることに戸惑いを覚えているのかもしれない。
それでも、時は進む。俺たちは、子どもから大人にならなければならない。
まあなんだかんだ、長い付き合いにはなりそうだが。
「それで、俺への用事って?」
「あ、そうだった。これ、春永先輩へ」
岩倉さんが思い出したように手渡してきたのは、一通の手紙の封筒だった。
不思議に思いつつ受け取って、差出人を確認するために裏面を見る。
──一瞬、時間が止まった。
春永結生先輩へ。
小鳥遊鈴より。
「……鈴から……?」
「はい。卒業式の日に渡してほしいって前々から頼まれてて」
小ぶりで丸っこい字体で記されたそれに、俺はしばし立ち尽くした。うしろから覗き込んできた隼が「へえ」と寂し気な響きを孕んだ音を落としながら尋ねてくる。
「開けねえのか、結生」
「…………」
開ける、勇気がない。
──鈴が亡くなってから、もう約一ヶ月が経った。
以前から年を越せないだろうと言われていた鈴が、約二ヶ月も長生きして息を引き取ったのは、ちょうど、俺の合格発表の日だった。
俺の合格を知ってから、鈴は眠った。最後の一ヶ月はほぼ眠ったままの状態だったのに、その日だけは朝から起きていて、俺の合格発表を心待ちにしていたらしい。
俺がネットで合格発表を見て病院に駆けつけたときには、すでに鈴は危篤の状態だった。けれど俺が到着した途端、鈴はまるで奇跡のように目を覚まして──。
「……っ」
そんな鈴が、俺に残してくれた手紙。