俺はそう言い置くと、素早く玄関を出た。背中にハル兄の気遣わし気な声がかかったけれど、一度も振り返ることなく、俺は今日で最後の通学路を辿った。
◇
「──なあ、結生。今、なに考えてる?」
「べつになにも」
「ふうん」
とくに大きな事件が起こることもなく、滞りなく無事に卒業式を終えたあと、俺は屋上庭園へとやってきていた。三月上旬にしては温かい気候の恩恵か、例年よりも桜の開花が早い。この屋上庭園に飢えられた桜の大樹も、半分ほど蕾を開かせていた。
ちなみに隼は勝手についてきただけだ。
「春永先輩。相良先輩も。よかった、ここにいて」
そんな俺たちを追うようにやってきたのは、鈴の友人たちだった。
「おー、久しぶりだな。ふたりとも」
馴れ馴れしく手を振る隼を横目に、どこかほっとしている彼女たちを見る。
「綾野さんと岩倉さん……だよね。俺たちになにか用?」
「相変わらず冷たいなー先輩。あたしたち、鈴の代わりにお祝いに来たんですよ」
「鈴の」
「お、食いついた」
岩倉さんはけらけらとからかい交じりに笑う。
けれど、やはりふたりともどこか元気がない。それも当然か、と俺は心のなかで鈴の名前を紡いだ。君がこのふたりの隣にいないのはすごく寂しいよ、と。
「時間が経つのは、早いね。ついこの間、君たちとここでごはん食べたばかりなのに」
「ほんとですねえ」
「はは、懐かしいこと言いますね、春永先輩。鈴のことばっか見てたくせに」
「マジでこいつはいつだって小鳥遊さんしか見てなかったよ。呆れるほどな」
「うるさい、隼。……安心しなよ、そんな学校生活も、もう終わりなんだから」
あと一週間ほどすれば、この桜の大樹も満開になるだろう。
ここだけでなく、多くの桜が。そうして散りゆく桜に触れるたびに、俺は否が応でも鈴を思い出すのだ。彼女と過ごした日々を、花弁のひとつひとつに重ねて。
「──卒業、おめでとうございます。おふたりとも」
「おめでとうございます、先輩たち」
後輩たちの温かな祝福に、俺と隼は苦笑しつつ顔を見合わせる。
「おう、ありがとうな。なんか俺、めちゃくちゃついでな気がするけど」
「そんなことないですって。春永先輩への用事がメインですけど、ちゃーんとお祝いはしようと思ってきましたよ」
「そ、そうですよ。聞きました、おふたりとも大学に進まれるんですよね」