俺はそう言い置くと、素早く玄関を出た。背中にハル兄の気遣わし気な声がかかったけれど、一度も振り返ることなく、俺は今日で最後の通学路を辿った。



「──なあ、結生。今、なに考えてる?」

「べつになにも」

「ふうん」

 とくに大きな事件が起こることもなく、滞りなく無事に卒業式を終えたあと、俺は屋上庭園へとやってきていた。三月上旬にしては温かい気候の恩恵か、例年よりも桜の開花が早い。この屋上庭園に飢えられた桜の大樹も、半分ほど蕾を開かせていた。
 ちなみに隼は勝手についてきただけだ。

「春永先輩。相良先輩も。よかった、ここにいて」

 そんな俺たちを追うようにやってきたのは、鈴の友人たちだった。

「おー、久しぶりだな。ふたりとも」

 馴れ馴れしく手を振る隼を横目に、どこかほっとしている彼女たちを見る。

「綾野さんと岩倉さん……だよね。俺たちになにか用?」

「相変わらず冷たいなー先輩。あたしたち、鈴の代わりにお祝いに来たんですよ」

「鈴の」

「お、食いついた」

 岩倉さんはけらけらとからかい交じりに笑う。
 けれど、やはりふたりともどこか元気がない。それも当然か、と俺は心のなかで鈴の名前を紡いだ。君がこのふたりの隣にいないのはすごく寂しいよ、と。

「時間が経つのは、早いね。ついこの間、君たちとここでごはん食べたばかりなのに」

「ほんとですねえ」

「はは、懐かしいこと言いますね、春永先輩。鈴のことばっか見てたくせに」

「マジでこいつはいつだって小鳥遊さんしか見てなかったよ。呆れるほどな」

「うるさい、隼。……安心しなよ、そんな学校生活も、もう終わりなんだから」

 あと一週間ほどすれば、この桜の大樹も満開になるだろう。
 ここだけでなく、多くの桜が。そうして散りゆく桜に触れるたびに、俺は否が応でも鈴を思い出すのだ。彼女と過ごした日々を、花弁のひとつひとつに重ねて。

「──卒業、おめでとうございます。おふたりとも」

「おめでとうございます、先輩たち」

 後輩たちの温かな祝福に、俺と隼は苦笑しつつ顔を見合わせる。

「おう、ありがとうな。なんか俺、めちゃくちゃついでな気がするけど」

「そんなことないですって。春永先輩への用事がメインですけど、ちゃーんとお祝いはしようと思ってきましたよ」

「そ、そうですよ。聞きました、おふたりとも大学に進まれるんですよね」