しかし、すぐにおかしそうに苦笑しながら私の方へ戻ってくると、いとも簡単に私のことを抱き上げる。非力そうな見た目のわりに、やっぱり先輩も男の人だ。
 そのままぎゅうっと腕のなかに閉じ込めて、ユイ先輩は優しく目元を緩めた。
 少し痩せすぎた体は、女性としての魅力はないかもしれない。けれど、こうして先輩に抱き上げてもらえるのなら悪くないとも思う。何事もやはり捉えようだ。

「これ、俺のご褒美なの?」

「だって先輩、前に甘えてほしいって言ったじゃないですか」

「言ったね。覚えてたんだ、鈴」

 ──先輩のことならなんでも覚えていたいから。
 心のなかでそう応えて、私はお返しのつもりでユイ先輩にぎゅっと抱きついた。

「これがご褒美じゃ、嫌ですか?」

「いや、まったく。むしろ最上級のご褒美だね」

 ユイ先輩は私の頭に口づけながら、満足気に告げる。
 一ヶ月離れていたのが嘘のように、心が幸せに満たされていく。
 当初はユイ先輩を傷つけないために、私の想いを伝えるつもりはなかった。

 けれど、今になって思う。
 こうしてそばにいる選択をしたのは、間違いではなかったのだと。あのとき、多少強引なユイ先輩に押し切られてでも想いを繋げあったのは、正解だったのだと。
 でなければ、今この瞬間は存在しなかった。
 こんなに穏やかな人生の最期を迎えることはなかっただろう。

「ユイ先輩。私ね、すごく楽しかったです。高校に入学してから、本当に毎日充実してました。明日が来るのが楽しみで、夜寝るときも朝起きるときも、いつも未来のことを考えてたんですよ。明るい朝のことを」

「うん」

 分かち合う温もりが、いずれどんな思い出としてユイ先輩のなかに残るのかはわからないけれど。それでも今だけは、世界中の誰よりも幸せに包まれている。
 私は、そう確信していた。

「……本当のことを言えばね、まだまだ足りないんです。もっと、ずっと、これから先もずっと、こうやって先輩と過ごしていたかった。生きていたかった」

「……俺も、鈴には、ずっと生きていてほしいよ」

「うん。でも、ユイ先輩の心に私が棲んでいるなら、そんな私の叶わない願いも叶うような気がしますね。散ることなく、永遠と先輩のなかで咲き続けられるかも」