そうねだると、先輩は狼狽えてその場でたたらを踏んだ……気がした。
それから私たちは、なんとなく屋上庭園に着くまで会話をしなかった。
けれど、そんな静寂が不思議と心地いい。きっとユイ先輩でなければ、私もここまで自分を預けられなかっただろう。どこまでも遠い場所にいたはずの先輩が、こうして誰よりもそばにいるのは、やはりどこかこそばゆい想いもあるけれど。
──奇跡、みたいだ。こんな幸せに満ちた時間は。
「……着いたよ、鈴」
歩き慣れた通路を行き、相変わらず人気のない屋上庭園に降り立ったユイ先輩。
私を桜の木の根元に置かれたベンチへそっと下ろすと、もう隠すことなく不安げな表情を曝け出しながら、向かい合わせになるようにしゃがみこんだ。
「体調、大丈夫?」
「大丈夫です。ユイ先輩はやっぱり心配性ですね」
「心配するよ。他ならぬ鈴のことだから」
私の手をそっと取りながら、ユイ先輩が楚々と立ち上がり隣に座った。
そのまま肩に手を回され、優しく引き寄せられる。図らずも先輩の肩に寄りかかる形になった私は、やや慌てながら「せ、先輩?」と問いかけた。
「寄りかかってた方が楽でしょ。それに、俺にも鈴のこと堪能させて」
「これ、堪能できてます?」
「できてるよ」
すり、とまるで猫が擦り寄ってくるように先輩が私の頭に頬を擦り寄せた。どうやら甘えてくれているらしい、と察した私は、ユイ先輩の手をぎゅっと握り返す。
「……ずっと、会いたかったです。ユイ先輩」
「……うん。俺も会いたかったよ、鈴」
この一ヶ月、先輩とは毎日のようにチャットで連絡を取り合っていた。
けれど、直接会えないというのは特有な寂しさが付きまとう。触れたときの体温を感じられないのも、ほんのわずかな表情の変化を汲み取ることができないのも──たったそれだけ、と言い切れるようなことが、ひどく不安と焦燥を誘うのだ。
自分が言い出したことなのに、何度も何度も後悔した。
酸素マスクなしには生活できなくなり、ただ起きて、寝て、絵を描いてを繰り返す単調な日々だった。両親や愁はもちろん、ちょくちょく円香やかえちん、沙那先輩がお見舞いに来てくれていたし、完全なる孤独ではなかったのだけれど。
でも、やっぱり、先輩に──大好きな人に会いたくて仕方がなかった。
「答え合わせをしましょうか」