「いつの間に俺の世界は色づいたんだろうって考えてみたけど、そんなのわかりきっててさ。──鈴がいる世界だから、そう見えるんだよ」

 それこそ、目が開けられなくなるほど眩しいくらいに。
 あの子が生きている世界は、いつだって色鮮やかな光に満ち溢れている。

「……そして俺は、いま猛烈に、この色鮮やかな世界を描きたいと思ってる」

 まさか自分がその眩しさに影響されて、色味のある絵を描ける日が来るとは思っていなかったけれど。インスピレーションとは、いつだって唐突に舞い降りるものだ。

「結生、おまえ……」

「自分でもびっくりしてるよ。だって、この俺が絵の具を片手にキャンバスに向き合ってるところなんて、誰が想像できる? 世界に震動が起きそうじゃない?」

 これでは、モノクロ画家の名折れだ。

「せっかく俺自身も灰色に染まったのに、これじゃあまた浮きそうだよ。……まあ実際はなにかこう、しっくりこない部分もあるんだけど」

 パレットを置いて立ち上がり、俺は橙に染まる桜の巨木を見上げる。もう三年近くこの桜の木と共に過ごしてきたのだと思うと、なんだかとても感慨深い。

「……鈴を見ると、いつも桜と空を思い出すんだ」

「桜と……空?」

「うん。空により近い桜の花びらの下で、すごく楽しそうに絵を描いてる鈴。それはきっと、俺のなかにもう焼きついてるって証拠なんだよ。鮮明に、鮮烈に──自分ではどうしようもないくらいに、鈴が棲み付いているからなんだと思う」

 会わなくてもはっきりと思い描ける彼女が、どれほどかけがえのない存在なのか。
 鈴の問いの答えにはまだ近づけていないのかもしれないけれど、なんとなく、それだけはわかった。皮肉なことに、わかってしまった。

「だから、やっぱり俺は、鈴がいない世界なんて考えられない。想像もできない。そんな未来を見据えて生きていくなんて、無理だって思う」

「結生……」

「情けないけど。今でさえ怖くて怖くて堪らないんだ、俺」

 一言一言、噛みしめるように紡ぎながら振り返ると、隼はまるで自分のことのように苦しそうな顔をしていた。
 眉間に刻まれた深い皺をさらに深めながら、隼は浅く嘆息する。

「……また馬鹿なこと言ってんのな、おまえ。いなくなるのが怖いのは当たり前だろ。俺だって、結生がいなくなるかもって思ったらそれだけで怖えっての」

「俺が……?」