沙那先輩と向かい合うように腰を下ろして、私はとりわけ濃く固まった朱色の絵の具を指先で撫でる。ツルリとしているかと思いきや、案外ざらざらした感触だった。
 頭の内部で順序を組み立てながら、私は俯きがちに口火を切る。

「ええと。──沙那先輩、『枯桜病』って知ってますか?」

「……え?」

「今から約十年ほど前に突如発現した原因不明の難病です。聞いたことくらいはあります、よね?」

「ええ。その、前に、テレビで……」

 私はよかった、と安堵する。そこを超えなければ、話は一向に進まない。
 ──枯桜病。
 それは発現当時、その奇怪さから一時メディアで多く取り上げられていた病だ。
 おかげで名前だけが尾ひれをつけて独り歩きし、あることないこと囁かれていたりもする。だからこそ、わりと名前だけなら知っているという人も少なくない。
 年に数名しか罹患しない類稀な病ゆえに、詳細を知る人は存外少ないのだが。

「この病気は、いわゆる全身疾患という部類でして。発病から数年の時をかけて、内臓のあらゆる機能が衰退していくんです。年老いるというより、故障に近いかな」

「っ……」

「人によりけりですが、機能が低下すると共に五感、とりわけ痛覚に影響が出ると言われています。つまり、痛みを感じなくなるんですね。だからこの病気の罹患者は、痛みも苦しみもなく、ただ静かに眠るように亡くなるのだとか」

「ちょ、ちょっと待ってよ。なんでそんな……」

 詳しいの、と言おうとしたんだろう。
 けれど、顔を上げた私を見て、沙那先輩は続ける言葉を失ったように茫然とした。

「はい。私、枯桜病なんです」

 シン、と痛いくらいの静寂が落ちた。
 沙那先輩は拒絶を滲ませながら喉を震わせる。

「う、ウソでしょ。あんな……あんな珍しい病気。冗談も大概にしなさいよ」

「こんなこと冗談で言ったりしませんよ。病気でもないのに病気だと偽ることは、本当にその病を抱えている人に対しての侮辱に当たりますから」

 原因不明の難病。いまだ特効薬も発明されておらず、病の原因などもわからないまま。この病気との付き合いが長い私でも、説明できることには限界がある。