そんな隼が、わざわざこうして促すようなことを言ってきたということは、それほど今の俺は見ていられないと──そう思ったのだろうか。

「……俺、今、鈴と付き合ってるんだけど」

「は?」

「……? 言ってなかったっけ」

「言ってねえよ! いつの間にそんな進展してたんだよ! まじか!? おまえが!?」

 うるさい、と俺は眉間に皺を寄せた。大して距離が離れていない状態で叫ばれると鼓膜がやられる。隼といると、ときおりこういう被害に遭うから油断ならない。

「鈴さ、もうすぐ死ぬんだ」

「っ……は?」

「枯桜病で」

 騒いでいた隼が一瞬にしてぴたりと硬直した。勝手に話してしまって鈴には申し訳ないと思いつつ、しかし今さら隠そうとは思えずに、俺は静かに続けた。

「だから俺は、なるべく鈴のそばにいようと思ってたんだけど……この前、接近禁止を言い渡されて」

「接近禁止……ってなにしたんだよおまえ……」

「わからない。俺にとっての鈴の存在が、どんなものなのかを考えてほしいって言われた。それがずっと、はっきり掴めなくて悩んでる」

 鈴がいない。その状態で生きていけるのかと言われたら、正直わからないのだ。
 そんなの無理だと心では思うのに、いざ離れてみると、俺の体は変わらず呼吸をして、変わらず鼓動を刻み続けている。案外、ちゃんと、生きている。
 当然といえば当然なのだろう。けれど、それが無性に不可思議にも思えた。

「昼間、鈴のコンクールの作品を見てさ。鈴が見ている世界を俺も見れたらわかるかなと思って、絵の具を引っ張り出してきたんだけど……」

 無駄に複数の絵の具を広げたパレットを持ち上げて膝の上に置く。久方ぶりに鮮明な状態で見る絵の具は、まだどれも混じり気のない色をしている。

「やっぱ描けない、とか?」

「……いや、逆」

「逆?」

 平筆で赤を掬い、そのまま空に透かすようにかざしながら俺は目を細めた。

「描けるような気がした。色のある世界を」

「ほ、お?」

「これまでは、いくら想起しても色のある世界を思い描けなかった。でも、今は不思議なくらい色がわかる。……俺が見えている世界の色のつけ方が、わかるんだ」

 どこに何色を置けばいいのか。どこをどう表現すればいいのかが感覚でわかる。あれほど、鉛筆一本で灰色の世界を表現し続けてきたにもかかわらずだ。